第3話

22



「最初から最後まで嵐の様な男だった‥。」


風はげっそりとした声で仕事を終える。


「でもまぁ、人は表面だけじゃ無いってことは分かっただろう?」


「そうですね。僕もまだまだ未熟者でした。日々勉強になります。」


「そうだろう〜!良かったな!良い経験になったじゃないか!精進しろよ〜!」


そう言いながら風の肩をポンっと叩いた。


「小戸森も頑張れよ〜色々と!」


「えっ!?あっ!はい!頑張ります!」


「良い子だなぁ〜!あっ!!そうだ!2人にプレゼントがある!これ行って来い!!」


すると2人に渡して来たのはとあるこの近くに最近出来た動物園の無料チケットだった。


「飼育員とか動物達の様子を観察して社会勉強して来い!レポート書いて来てもらうからな〜」


店長がそう言いながら2人にチケットとレポート用紙を渡して来た。


「そうだな〜日にちは2人がシフトが被ってる予定が合う日で良い!行って来い!」


「‥!店長〜!!また急に〜!小戸森さんも無理しなくていいですからね?!?」


「ええっと私もこの動物園行ってみたいです‥。」


「えっ?!?」


「ほら、小戸森さんもそう言ってるし決まりだな。」


こうして急遽動物園研修が決まったのだった。



23


あれから数日経ち動物園研修の日がやって来た。


(ついにこの日がやって来てしまった。)


瑠衣は緊張で足取りは重く少しドキドキしながら動物園に向かうと、もう既に今日会う相手は到着していた。


「小戸森さーん!」


瑠衣が到着するより前に、勿論約束の時間よりも早く到着した風がニコニコしながら動物園の入り口の所で手を振っている。


「あっ、おはようございます。今日はよろしくお願いします。」


「おはよう。こちらこそよろしくねぇ〜。」


瑠衣はペコリと頭を下げて挨拶した。

すると、風も同様にペコリと頭を下げて挨拶した。


「さっきそこで園内のマップ貰って来たから良かったらどうぞ!」


風は、鞄から取り出して瑠衣に差し出す。


「えっ、あっ、はい!ありがとうございます!」


「どうしたの?今日ポルトブルーヌ初日より緊張してるね。」


風は少しクスッと笑いながら不思議そうに問い掛ける。


「えぇ?!そうですか?!」


「うんうん。いつも通りでいいよ〜。さっ、行こう!」


2人は入場ゲートを潜り、園内へ入っていった。



24

「えっ。」


「凄い。」


園内は思っていたよりも広く二人は少し驚いた。


「規模がCMで言ってた通りですね〜。広くて何処から回っていいのでしょうか‥。」


「とりあえずこの地図で一番近くにあるゾウに行きましょうか?」


「あっ!はい!!」


ゾウエリアに辿り着くと、アジアゾウの一匹は餌を貰っていて、もう一匹は優雅に散歩をしていた。


「餌やりやってるみたいですよ!凄いですね!やりましょう風さん!」

瑠衣は目を輝かせて、風に訴えてみる。


「そうみたいだね〜。やってみようか!」

風はその姿に内心クスッと笑いながら承諾する。


「わー!楽しみです!!早く行きましょう!」


「うんうん!あっちで並ぶみたいだよ。」



順番は列は出来ているものの意外とすぐに回ってきた。


「これが餌になるので、エリーちゃんに手を差し伸べてください。エリーちゃんは比較的穏やかな性格なのですぐ食べてくれますよ〜。」


「こっ、こうですか?」

「そうです!見ててください。もう近づいてきてますよ。」

飼育員さんの指示に従って瑠衣はリンゴをエリーに差し出す。

するとゾウがゆっくりと鼻を伸ばしてリンゴを受け取った。


「受け取ってもらえた〜!!可愛い〜!!!嬉しい〜!!」


「良かったですね。」

風は微笑ましく思いながら声を掛ける。


「風さんも!やりましょう!」


「僕は小戸森さんのを見て充分楽しんだからいいよ。」


「えーそうなんですか?!」


「良かったら、エリーちゃんと写真撮りませんか?スマートフォンをお持ちでしたら無料で出来ますので。」


「はい!撮りたいです!」


「えっじゃあそうしようかな。」


二人は記念に写真を撮って貰ったが思った以上に顔が緊張していて後でスマートフォンを笑ってしまったがいい思い出になった。


25

「ゾウ可愛かったですね〜!」


「はい!写真も撮れて満足です!」


「次はどこに行きましょうか?」


「あの!行きたいところがあるんです!」


「良いですよ。何処にでもついて行きますよ。」


「ありがとうございます!」


「‥。ここですか‥??」


「はい!動物園に行くと必ず寄るところなんです!」


瑠衣に連れて来られて場所はなんとカバエリア。


何処を見渡しても、カバだらけ。

しかし瑠衣は先程のゾウの倍以上に気分が高揚している様子だった。


「そ、そうなんだ‥。」


さすがの風も苦笑いを浮かべる。


「ちょっと写真撮りますね!」


瑠衣はスマホを取り出した途端に物凄いスピードでシャッターを切っている。角度も何パターンも変えながら撮り、カバの種類もどうやら何種類かいるらしくフォルダ別に保存している。


「凄いなぁ。まさかここに連れて来られるとは思わなかったよ。」


「小さい頃から大好きなんですよ。動物図鑑のカバの部分だけページが破れるまで見てました。」


「知ってますか?カバはワニを丸呑みしてしまうんですよ。水獣の王です。カッコいいんですよね。私にとっては。」


「はっ!すみません!語り出してしまいました!」


「いえいえ、謝らなくて良いですよ。僕は小戸森さんのこと少しずつ知れて嬉しいですよ。」


連れて来られた場所には驚いたが、瑠衣の知らなかった一面を知ることが出来て、風自身嬉しい気持ちがあったので笑顔で応答する。


「本当ですか。じゃあ次は栗花落さんは好きな動物の所に行きましょう。」


26

「僕はやっぱりここですね〜。」


風は予想通りの場所に連れてきた。


「私もここだと思っていました。」


瑠衣が微笑むと、風も悪戯っぽく笑ってみせた。


「風さんがバードエリア以外なんて考えられないですもん。」


「僕もここが一番落ち着きます。」


「オウムって寿命が100年近く生きるって知ってましたか?」


少し歩いたところにあるオウムエリアで風が問い掛ける。


「勿論。長いですよね〜。私達もそのぐらい長生きしたいですね。」


「はい!」


「100歳になっても笑顔を忘れないようにしたいです。」


「僕も瑠衣さんが笑っている100歳の姿を見てみたいです。」


「本当ですか?嬉しいです!!」


「人間も寿命が100年と言われてはいますが、いつ命を落とすか分からないまま生きているので、やらずに後悔しないように、やって後悔するような生き方をしていきたいですね。」


「当たり前の毎日を、当たり前に楽しく過ごしていきたいですね。」


「風さんは後悔したことはありますか?」


「僕は後悔ばかりですよ。」


「えぇ!?順風満帆の間違いでは??」


「それがそうでもないんですよね〜。」


風はまた以前見た複雑そうな表情を浮かべていた。


27


「今日はお疲れ様。また明日。」


「栗花落さんもお疲れ様でした!ゆっくり休んでください。」


「ありがとう。気を付けてね。」


「はい!」


2人は動物園を出た後、駅の改札で解散することになった。少し気掛かりなこともあるが、瑠衣は深入りすることが出来ずそのまま帰路につく。


(バードコーナーでの栗花落さん様子が変だったけど何か気に触ること言っちゃったかな‥。)


人間誰だって様々な事情を抱えていることがほとんどである。だからこそ、相手が話してくれるのを待つ時間が大事だと理解はしているのだが、不安が拭えない。


(待つしかない‥?入ったばかりの新人だし、私。)


どうすれば良いのか分からないまま歩いていると、気がつけば玄関の前に辿り着いていた。


(はっ!今日の研修レポートも作らないと。えっと、来週末が提出期限だったよね。栗花落さんならどうするんだろう。)


(聞きたいけど今は‥!!)


すっかり忘れていたが、今日の研修課題が出ていたのだ。尚且つ、今回は店長自ら5段階評価を行い、そこで瑠衣の試用期間卒業かが決まるとのこと。


「カチャ、カチャチャチャ、カチャーン」


レポートに労力を注ぎ込む事で、余計な不安を拭えるかもしれないと思い、瑠衣はキーボードにどんどん文字を打ち込んでいく。


(今日ほど店長に感謝した日は無いな〜!レポート課題があって助かった〜。)


(今は仕事、仕事、仕事!目指せ試用期間卒業!!」

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