第2話

14

「おはようございます!」


瑠衣は元気良くバックヤードの扉を開けるともう風は床掃除をしていた。


「おはよう!」


「いつも早いですね!」


「いえいえそんなことないですよ!たまたまです!」


「おはよう」


ガラッと扉が開くとそこには中年ぐらいの男性が入ってきた。


「あっ店長!おはようございます!」


「やぁ栗花落君、今日も爽やかだねぇ。」


「ありがとうございます!」


「おはようございます!」


「あぁ、小戸森さん。面接以来だねぇ。昨日は僕が休みだったから、栗花落君に任せっきりだったからねぇ。」


ガッハッハと豪快に笑いながら受け答えする様は人の良さが滲み出ていた。


「本当ですよ〜小戸森さんが来る前日の帰り際に、じゃあ明日新しい子が来るからよろしくねぇって言うだけ言って帰るんですもん。

僕だって心の準備がいるのに〜!!」


「爽やか君で定評のある栗花落君なら、任せられるって思ったんだよ。実際何とかなってるんだから問題無かっただろ?」


悪びれもせず店長はコーヒーを淹れる準備をしながら笑っている。


「それはそうですけど〜次からはもっと早くに言ってくださいよ。」


「分かった!分かった!ごめんねぇ〜栗花落君も小戸森さんもコーヒー飲む?」


「では少しだけ頂きます。」


「僕も頂きます。」


「うんうん!素直でよろしい!」


こうして朝の穏やかな時間が過ぎていった。





15

「もう開店してるんかのぉ〜」


コンコンと扉を叩く音がする。

嗄れた声の年配の男性が入口の前に立っていた。


「まだ開店前ですが…。」


「何じゃ。まだか。5分前じゃろ?開けてくれてもいいじゃろ。仕方ないのぉ。ここで待たせてもらう。」


扉の前でその老人は腰掛けて待っていた。

5分後に開店して入ってすぐに一言。


「遅い。」


「申し訳ありません。ギリギリまで小鳥達のコンディションを見たり、店内の準備をしておりましたので。」


開店前に開ける店は無いだろう。病院じゃあるまいし。と悪態をつく。これでは折角の穏やか朝が台無しだ。


「こんでぃしょん?何だそれは?そんなことする暇があればわしを入れろ」


「コンディションとはその時の調子、状態のことです。体調が悪い小鳥を売るわけにはいきませんから。」


落ち着いた声で、はっきりと風は答える。


「まあいい。手乗りのインコはおるかね?」


「手乗り…ですか。手乗りになるかもしれないインコはおりますが、今現在手乗りのインコはおりません。インコ達は飼い主に懐いて初めて手乗りになりますので。」


「すぐじゃないと駄目なんじゃ。わしは帰る。他所の店で飼うことにする。」


急ぐような焦っているようなそんな表情をしている。


「2ヶ月、3ヶ月すれば懐いて手乗りになる子が多いですよ。」


「それでは遅い!!!!」


老人は店内に響き渡るぐらいの大声で怒鳴ってしまった。


「ええっと…。少しお待ちください。」


流石の風も苦笑をしてしまう。


「帰る!!!」


止める隙を与えずスタスタと振り向きもせずその老人は帰ってしまった。


16


嵐のような老人が帰った後の店内は開業以来ではないかと思われる程静まり返っていた。


「…。」


「どうしましょうか。」


風が顔を引き攣ったまま問いかけると店長だけが何故か爆笑していた。


「がーはっはっは!!!ドンマイ!ドンマイ!!そんなこともあるって!!」


バシバシと風の肩を叩く。


「店長!!笑ってる場合ですか!営業妨害です!!あのご老人!!!」


「まぁそんなこともあるって。多分明日も来るから。あの人。」


風は怪訝そうな表情で店長を見る。


「もう出入り禁止でもいいんじゃないでしょうか?ほかのお客様の迷惑になりますし。」


「もー神経質だなぁ栗花落君はー。そんなことないって。」


「そんなことありますよ!所謂クレーマーです!年老いてる方程、頑固な性格の方が多いですから!」


「そうかな?僕が見る限りではあのご老人が困っているようにみえたけど。」


「困っているのは僕達スタッフの方です!」


風ははっきりとした空気が凍るような大きな声で反論する。


「まだまだ若いねぇ。」


「まぁそのうち分かるよ。引き続き業務頑張って。」


苦笑いしながら手をヒラヒラさせてバックヤードに戻って行った。


「…。何でなんですか?僕には理解できない。」


風も店内で苛立ちを隠せずにいた。]



17

「開いとるかー?」


翌日も昨日と同じ様に開店前にやって来た。

しかも今日は昨日よりも機嫌が悪そうだ。


「今日も来ましたよ。あのおじいちゃん。」


「他所の店でも同じ事を言われたんでしょう。」


「今開けますね。」


「おはようございます。」


「遅い。そして客が来たのにいらっしゃいませも言えんのか。」


「失礼しました。」


風は渋々ドアを開けると開口一番に不満の声が飛んで来た。


「どうしてどこの店も手乗りがおらんのじゃ。何店も回ったのに見つからんかった。」


「昨日申し上げた通り、小鳥達は警戒心が強くて人間に初めから懐くわけでは無く、徐々に親密になって初めて手乗りになるので。」


苛立ちを隠せない風は声が低くなりながら、説明するが、どうやら昨日店長が言った通り焦ってる様にも見えた。


「どうしてそんなに急いでるんですか?」


「最初に言った通り時間が無いんじゃ。」


「孫にプレゼントしようと思っているんじゃが、今週末に孫が家族で引っ越してしまうからそれまでに懐いてる小鳥が買いたいんじゃ。」


「手乗りの方が孫も懐いて仲良く出来ると思ってずっと探しておったんじゃが…。」


少し沈んだ声で老人は事情を話し始めた。


「そうだったのですか。でしたら手乗りはおりませんがいい案がありますよ!」


風は何か思い付いたらしく、老人にニヤッとして提案し始めた。




18


風はある種類のコーナに案内するが、老人はまだ渋い顔をしている。


「わしは小鳥が欲しいと言ったんじゃが。」


…酷く不満そうだ。


しかし臆すること無く風はそのまま小鳥を籠から取り出す。


「どうぞ。手に乗せてみてください。」


「さっき手乗りインコは時間がかかると言っておらんかったか?」


「ええ、仰る通りです。ですが、この子はどうでしょうか。」


先程よりも表情は曇り、渋りつつも人差し指を差し出す。


「あっここで魔法をかけます。」

風は手をパーの形にして裏返した。


すると‥


「おお!!これじゃよ!!!わしが言っておったのは!!!」

老人は喜びに満ちた表情に一瞬で変わった。

そして風に至近距離で近づいて問い掛ける。


「どうなっておる!?」


「では種明かしをしましょうか。」


19


「そういえばこの子少し大きくないか?」


黄色いトサカのようなものが頭についた小鳥を見つめながら老人は問い掛ける。


「よくお気付きになりましたね!それが魔法の一つですよ!」


「どういうことじゃ?」


老人は自信満々に鼻をフンフン鳴らしながら答える風に首をかしげる。


「その子はオカメインコと言って他のインコに比べてサイズは少し大型ではあるものの、大らかで比較的人懐っこいのが特徴です。」


「続けて2つ目!僕が手をパーに開いて貰ったのはインコ自身を恐怖心を無くすためです。」


風は突然老人に指差しをする。


「何と無礼な奴じゃ!!」


「ね?知らない人に無礼な事をされると怒りと共に恐怖心が湧くでしょう?インコ達初めて接する時はそういう気持ちなのです。」


「しかし掌をパーにするとどうでしょう?友好的なサインに見えませんか?」


「インコ達は人懐っこくすぐに慣れるように見えるかもしれません。しかし、実際は人間と同じように徐々に仲良くなって初めて手乗りインコになるのです。以上が魔法の種明かしだった訳ですが、ご理解していただけたでしょうか?」


「そうじゃな。わしも歳を取って頑固で融通が効かず焦る余り無礼を若造に働いてしまった。申し訳無い。許しては貰えるだろうか。」


老人は深々と涙を流しながら頭を下げてこれまでの無礼を謝罪した。


20


「いえお客様のお気持ちは充分こちらに伝わりましたので、どうか頭を上げてください。宜しければ、こちらご利用下さい。」


風は老人を慰めながらポケットから黄色い花の刺繍が付いたハンカチを取り出して渡す。


「‥グス、グジュ、クックッウッ」


「こんなに優しくされたのは久しぶりじゃのぉ。ありがとう。若造よ。」


涙を拭きながらお礼を言う。


すると風は不思議そうに問いかけた。


「ご家族やお孫さんは?」


「わしがこんなじゃからの。愛想尽かして近寄りもせん。同じ家に住んでいても放置状態。孫とも上手くコミュニケーションを取りたいのについ厳しいことを言ってしまって怖がらせてしまう。」


老人はまた涙が出るのを堪えながら少し寂しそうにまた話し始めた。


「かみさんはもう何年前に病死した。わしとは正反対でよく笑う自慢の嫁じゃった。良い人ほど早く死ぬとは本当のことじゃな。」


「わしが頑なに死ぬはずがないと思い込んで、結局見舞いに行った時にはもう亡くなっておった。情けない話じゃのぉ。」


「だからこそ、孫には孤独になること無く、見守ってくれる誰かがいて欲しかった。常に側にいてくれる友人がいたら良い。わしが出来る限りの贈り物をしてやりたかった。」


「若造よ。ありがとう。これで見送りに間に合う。君がいてくれて助かった。」


老人は今まで見た中で一番の笑顔を見せてくれた。何か憑物が取れたようなそんな表情だった。


21


「ありがとうございました。

お孫さんに大切にしてあげてくださいとお伝えください!」


カゴに入れたまま黄色いインコを手渡す。


「おぉ。孫と離れる前に見つかって良かった。若造もそのまま真っ直ぐな姿勢でいておくれ。なかなかそんな奴はおらんからの。」


「なぁ、嬢ちゃん」


老人は感謝の言葉を述べた後ニヤッとして瑠衣の方に視線を向ける。


「えっ‥?!?!」


瑠衣は赤面して目線が泳いだまま困惑する。


「ぶはっはっはっはっ!!!」


店長はもちろん大爆笑。


「うちのスタッフが困惑してるじゃ無いですか!からかうのも大概にしてください!」


強い口調で注意しながらも風も耳が真っ赤になっている。そして瑠衣はそれを見て余計に真っ赤になってしまった。


「えぇっと‥その‥。」


(恥ずかしい‥!!!!)


「その様子だと図星か?まぁ仲良くまた会えることを願っているよ。じゃあな〜!!ありがとう〜!!!」


言いたい事を全て言った後さっさと出口の方へ向かってしまった。


「あっありがとうございました!!!!」


風と瑠衣は慌てて老人の方へ挨拶する。


「小戸森さん気にしなくて良いですからね?」


風も男として老人に言われたことを気にしてる瑠衣を慌ててフォローするが2人共顔が赤面してあたふたしているのは言うまでもない。

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