ストレリチア

第1話

冬が終わり、暖かくなり始めた朝、瑠衣はセットしていた目覚ましに手を伸ばす。

「あっ‥‥またやっちゃった」

時刻を見てみると8時。家を出る時間だ。

「またタイマー止めちゃったよ…」

ぼやいても仕方ないので、急いで支度をすることにした。


「今日から新しい生活楽しむぞー」


電車に乗って辿り着いた職場で瑠衣はそう呟く。

今日から[[rb:瑠衣 > るい]]は小鳥屋だ。



瑠衣が職場に着くともう既に一人の男が開店準備をしていた。

「おはようございます!」


「あぁ、新人さんだね?名前は?」


「今日からお世話になる小戸森瑠衣です。よろしくお願いします。」


「よろしくね。[[rb:小戸森> こともり]]さん」


その男は柔らかくそれでいて心地よい声で挨拶してくれた。


2


「えっと...。名前は...?」

「おっと、紹介が遅れたね、栗花落(つゆり)風です。

まだ入って1年目のまだまだ新米だけど、分からないことあったら聞いてね。」


これが私と栗花落さんとの出会いだった。


「初日だし、小鳥達をまず見に行こうか」


栗花落さんに案内されて小鳥部屋にたどり着くとたくさんの小鳥達がカゴの中に入っていた。


白に黄色に青、どれも色鮮やかで綺麗だ。


「可愛い〜!!!!」


自然と声のトーンが上がる


「見ているだけで癒されますよね。」

先輩と同じの様だ。


「やはり何年経っても可愛くてつい...。」


慌てた様子で栗花落は答える。


「先輩、あれは何やってるんですか?」

瑠衣がふと気づいたらしくそう尋ねた。


3

「あれは小鳥達の体調チェックだよ。朝一番にまずやるんだよ。小鳥は話すことが出来ないから私達人間が気付いてあげないといけないからね。」


「分かりました!」


「小戸森さんは何か動物を飼っているのかな?」


「いえ、以前実家では小鳥を飼っていたのですが、うちのアパートでは飼えないので、今は飼ってないです。」


「あぁ!そうなんですか!でしたら小鳥の扱いにも慣れているでしょう。安心ですね!」


風はにっこりと笑顔で答えた。


「小鳥も人間と同じで感情があるからね。愛情込めて接するとこちらの気持ちにも気付いてくれます。大切に扱ってください。それが、一番大事なことですから。」


「栗花落さんは、何か動物を飼っているんですか?」


「あぁ、うーん‥昔ね、何羽か小戸森さんと同じで小鳥を飼っていたよ。」


風は、先程とは少し低いトーンでそう答えた。


「実はうちもペット禁止でね、飼いたくても飼えないんだ。」


またいつもの声に戻って、風はそう答えた。


「一人暮らしだとペット禁止の物件多いですもんね。しょうがないですよねー。」


「そうなんですよねー。こればっかりはどうしようもないので。なかなか小鳥の飼えるアパートには巡り合えなくって。」


瑠衣は、風の先程の声色の違いに違和感を感じたが、気にしないことにした。


4



「以上が一日の業務内容です。毎日少しづつ覚えていけば慣れてくるので、頑張りましょう!」


「はい!」


(うわぁ〜はじめてのことで全然覚えきれなかった〜私大丈夫かな〜。)



一通り一日の業務説明を聞いているうちに開店時間が近づいて来た。

瑠衣は内心不安だったが、やるしかないと意気込んでいた。


「小戸森さんなら大丈夫ですよ。緊張すると思いますが、最初のうちは上手くやろうとするのではなく、持ち前の笑顔で、お客さんが安心して小鳥達をお迎え出来ることを第一に考えてください。」


(ば、ばれてるー!!!恥ずかしいー!!!)


「いらっしゃいませ」


(ついに開店!がんばるぞー!!!)


「あの〜セキセイインコが飼いたいんですけど‥」


1人のショートヘアの若い女性が声を掛けてきた。


「小戸森さん、初めてのお客さんの対応お願いします。」

ポンっと風は瑠衣の背中を押して声を掛けた。


「はい!」


「お客様、セキセイインコのコーナーまでご案内します。」






5

「こちらになります。」


「ありがとう。」


「どんな小鳥をお探しですか?」


「実は、今度一人暮らしをすることになったので、相方探しをしているんです。」


「そうなんですか!性格はどんな子がご希望ですか?」


「うーん‥飼いやすい性格の子が良いかなー。あんまり気性が荒いのはちょっとねぇ‥」


そうして女性と2人でどの子にするか探していると一羽が目に留まった。


「あら‥この子‥。」


黄色ベースの白いリングのラインがお腹にあるセキセイインコがケージの右端で震えて蹲っていた。


「あぁ‥この子は人見知りでなかなか懐きにくいと思いますよ。」


「そう。この子は私と同じね。」


「えっ?」


「私ね、実は今日ここに来たのは心を許せるパートナーを探しに来たの。人間相手だとなかなか心を開けなくて、昔からうまくいかないことが多かったの。」


「おいで。」と女性は優しい声で黄色のインコに声を掛けて、ケージのガラスを撫でながら話を進めた。


「そんな私にも2年前に最愛の人に出会えたの。いえ、出会ったと思っていたの。」

[newpage]

6

昔から夕葉は人と関わることが苦手だった。

関わっても何を話していいか分からず、言いたいことが言えないことも多かった。


彼に出会うまでは。


「すみません。」


電車に揺られて職場に向かっている途中に一人の男が声を掛けてきた。


「何でしょうか。」


「それ好きなんですか?僕もその人のファンでちょっと気になっちゃって。」


夕葉が右手に持っている漫画を見て言う。


「それで?」


「それでじゃないでしょ!」


「赤の他人と話す程暇じゃないんで。」


「えっ?!ちょっと!!!」


夕葉は遠くの座席に移動してしまった。


これが後にまた再会するとはこの時二人は夢にも思わなかった。[newpage]


7


「あーあ。行っちゃった。」


「まっ毎日電車乗ってたら、また会えるよねー。きっと!」


茶色い髪に良く似合う大きな星のピアスを揺らしながら、彼はそう呟いた。



「もう最悪!!何なのあの人!ただでさえ朝は極力人と話したくないってのに!漫画好きも隠してるのに!ありえない!」


「まあまあ。若い男に声を掛けられて良かったじゃない。」


「良くないわよ!何なのあの見た目!明るい茶髪にバカでかい星のピアス、派手な黄色のTシャツ!見るからにチャラチャラしててさ!そんな奴にばれたのよ!?最っ悪!!!!」


「へぇー。ガッツリ見てるじゃない。明日も同じ電車乗ってたらその子に会えるかもよ。」


「もー!他人事だからって!!」



あの後夕葉は隣の車両に移動して、会社に向かった後同僚に散々愚痴を零した。


「はーぁぁもっと誠実な王子だったら良かったのになぁ」


「あっ合コンいく?丁度人が足りてなくってさー王子様が見つかるかもよ。」


「うーん。そういう初対面はダメなんだってば。」


「お堅いなぁ。そんなこと言ってたら後輩に、先越されちゃうよ。」


「いいの!そうなったら、その時腹を括って売れ残りとして売り出してやるわ!」


へぇだかほぉだか返してきた同僚と軽口を叩き合っている間に昼休みが過ぎていった。

8

「おはようございます!」


―――わざと車両も時間もずらして乗ったのに、またいる!


「なんでいるの?」


「たまたまですよ。」


「えっ何?ストーカー?駅員さん呼びますよ」


「すみませ……」


夕葉が大声で叫ぼうとした時


「待って待って!!!こないだは突然話し掛けてごめんって!!!」


男は焦った様子で謝罪した。


「で?今日は何?」


「実は君のお姉さんの友達でさ、お姉さんから話はよく聞いていたんだ。」


「へぇ。で?」


「それでその...。」


ここに来て、男は言葉が詰まる。


「良かったら僕の主催のイベントを手伝ってくれませんか?電車で持ってた漫画関係の仕事してて。人手不足なんだ。」


「えっ」


夕葉は目を見開く。


「来週の土曜日なんだけど。」


「た、確かに魅力的なお誘いだけれども、そんなことでは私は揺るがないわよ。」


「もちろんタダでとは言わないよ。報酬はこのぐらいで……どう?」


「うっ...!しょうがないから1日だけなら。何かのご縁かもしれないしね!」


「ありがとうございます!!!」


見た目とは裏腹にとても真面目な男だと夕葉は感じながら最寄り駅までの時間を彼と過ごした。

[newpage]

9


「今日はありがとう。会えて良かった。」


「漫画の為、仕方なくだからね。」


ブスっとした表情で夕葉が答える。


「そういえば名前を聞いてなかったわ。貴方、名前は?」


「僕は遊ぶと書いて遊(ゆう)だよ。そっちは?」


「へぇ、名は体を成すとはよく言ったものね。」


ハッと鼻で笑いながらそう答えた。


「ちょっと失礼過ぎやしないか...?」


「私は夕方の夕に葉っぱの葉で夕葉(ゆうは)。よろしく。」


「よろしくね。夕葉ちゃん。」


遊は手をヒラヒラ動かしながら返答した。


「ちょっと気安く 「ちゃん」なんて付けて呼ばないでくれる?!」


「じゃあ夕葉さん?それも年下なのにおかしいでしょ?僕の事も遊君って呼んでもいいよ。」


「それこそ年上なのにおかしいでしょ。」


「それもそうだね。好きに呼んで良いよ。」


「じゃあ、遊で!」


「えっ?!」


遊は目を見開き、少し動揺したが、次の言葉で気持ちは冷めて、苦笑いに変わった。


「変にさん付けで呼びたくないだけだから。私の中ではストーカーに変わりないし。」


「じゃあ私ここで降りるから。またね!」


「またね!」


ホームドアが開き、夕葉は急いで職場へ向かった。


「やった。嬉しいな。また会えるのが決まって。」


遊は頬を緩ませて見送っていた。





10


「おはようございます。」


(ギリギリ間に合ったー!!!)


「おはよう。来週の土曜日悪いんだけどさ、会社出てきてくれない?トラブルが発生して仕事が遅れているんだ。」


会社に着くなり上司に呼び出されたと思えば、この有様だ。


「えーっと…。土曜日は用事があって出られそうにないんですが…」


「何だ、仕事とその用事どっちが大事なんだ。君は普段から使えないのに使ってやるって言ってるんだぞ。」


「……分かりました。」


「分かったら良いんだよ。困った時はお互い様だろ。」


「そ、そうですね。」


(どうしよう…!!)


(とりあえず連絡しよう。)


慌てててスマホを開いてメッセージを送る。


「申し訳ありません。来週の土曜日は行けなくなりました。」


(これで良いかな…??)


しかし、彼からの連絡は二度と来ることは無く、もちろん電車で会うことも無かった。



今もそのことを夕葉は悔い続けている。もし私に断る勇気があれば、もし素直な態度で接することが出来れば、もし心が弱くなければ、遊を傷つけることが無かったのに。


その数ヶ月後に夕葉は会社を退職し、今は別の会社で働いている。そしてもう二度と恋愛をしない。自分が親しくすると誰かを傷つけると思ったからだ。


「もう自分1人で生きていく。」


夕葉は小鳥屋の前でそう呟いた。



11


「あの…大丈夫ですか?」


瑠衣は心配そうに夕葉に声をかける。


「えっ?」


「しばらく不安そうな顔でこの子を見つめていたので…」


過去を振り返っている間はほんの数十秒の感覚だったのだが、時計を見るとだいぶ時間が経っていた。


「ごめんなさいね。ちょっと昔を思い出していたので。」


「何かあったのですか?」


夕葉が過去を話終えると、瑠衣は複雑な表情をしていた。


「そうだったのですか。でも過去にそうであったとしても、それはお姉さんが優しいからそう感じることが出来るのだと思います。」


「優しい?私が?あんなに彼を傷つけたのに?」


「痛みを感じることが出来なければ、優しくはなれませんから。優しくなる為の過程を踏んだに過ぎないと思います。」


「お姉さんはきっとこの先幸せになれると私は思うので、自信を持ってください。貴方は1人ではなくこの子と共に幸せになってください。孤独に別れを告げてください。」


瑠衣は笑顔で夕葉にそう告げた。


「ありがとう。」


夕葉は憑き物が取れたようなスッキリとした表情で笑う


「おいで」


黄色い小鳥がケージの中で夕葉の方へ走ってくる。


小鳥は嬉しそうに鳴く。


「ケージから出してみましょうか。」


「お願いします。」


瑠衣がケージから出すと嬉しそうに小鳥が出てきた。


「ほら、行っておいで。」


夕葉の指に小鳥が乗ってきた。


「貴方を愛するわ。今日からよろしくね。」


小鳥は頷いたような表情をして背中を押しているようだった。


「この子にします。」


「ありがとうございます!幸せになってくださいね!」


「ええ!貴方のお陰で前を向けたわ。」


「そして何よりこの子に出会えた。救われたわ。」


夕葉は小鳥を指の腹で撫でながら瑠衣にお礼を言った。



12


「ありがとうございました!」


「また来るわ。こちらこそありがとう。」


「はい!お待ちしております。」


夕葉がペットショップを出ると隣の本屋から人影が見えた。


茶色の髪にピアスの青年‥


もしかして‥!


「あの‥!」


恐る恐る夕葉が問いかけると男は振り返る。


「はい!」


「私のこと覚えてますか?」


「はい!」


「僕のことは?」


「忘れるわけない。忘れられないわ。」


「遊」


「やっとちゃんと呼んでもらえた。ありがとう。」


「2年前はごめんなさい。弱かった為に貴方を傷つけた。ずっと謝りたかったの。」


「僕もあの後会社で辞令が出て県外に出ることになったので、連絡が途絶えてしまって申し訳ありません。」



「そうだったの。なんでここに‥??」


「たまたまですよ。」


あの時と同じ笑顔で遊は答える。


「今夜良かったら食事でもどう?」


「私で良かったら!」


二人はどちらともなく手を差し出す。


運命なんて言葉を信じていなかったけれど今日ほど、運命という言葉が似合う日は無いだろう。出会わせてくれた神様に感謝して2人は歩んでいく。今日だけじゃない。明日も明後日もいくつになってもきっと変わらないだろう。




13


「いやー良かったですねー!初仕事お疲れ様です!」


「わっ!!」


風に背後からニコニコしながら声掛けられ思ったより高い声が出た。


「どうですか?緊張少しは解れましたか?」


「はい!」


「それは良かったです。引き続き頑張ってくださいね。期待していますよ。」


「ありがとうございます!」


風はレジのお客様対応に戻って行った。


(よし!私も引き続き頑張るぞ!)


「いらっしゃいませ!」


その後も瑠衣は仕事を元気良くこなしていった。


「お疲れ様でした!」


「お疲れ様!明日もよろしくね!」


「はい!栗花落さんもお疲れ様でした!」


(いやー良い職場みたいで良かったなぁ。)



新生活はスタートしたばかりだ。瑠衣はこれからどんな事が待っているかはまだ知る由もなくのほほんとした気持ちで夜道を軽い足取りで帰って行った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る