キーワードで発狂2000字ショートショート
MOAI
お題「封じ手」
A氏は頭を悩ませていた。数年ぶりに開けた机の中から見に覚えのない封じ手が出てきたのだ。
封じ手とは、あるゲームの1試合が複数日に持ち越される場合に、あらかじめ紙に書き記して封をしておくことで、いずれか一方のプレイヤーに長考のチャンスが与えられることを防ぐものである。
簡素だがテープで止められたその用紙は、思い当たるどのゲームの規定にも当てはまらなかった。
A氏のゲーム遍歴は長きに渡る。囲碁、将棋、カタン、TRPG、あるいは即興で考えた訳のわからないゲームの数々に寿命を削りながら全力で興じてきた。そのA氏が知るいずれのゲームにも合致しない。
規定の用紙でないということは、おそらく畏まった試合の場ではなく、親しい友人とゲームに興じた際に記されたものだろう。
A氏は思い出の中をかき回す。
将棋の時か?
いいや、A氏はそれほどまでに長い対局を経験したことはない。
チェスで賭けをした時か?
いや、違う。賭けであれば徹夜してでも決着をつける。わざわざ日をまたいでカモを逃がすつもりはないと考えるはずだ。
中身を見なければ何のゲームのものなのかも特定できないが、封を開けるわけにはいかない。
封が開けられていないということはすなわち、まだ終わってないゲームがあるということを示す。
A氏の身に覚えはなかったが、心のどこかに引っかかったものを感じていた。
一人で考えていても埒が明かない。
A氏は仲間たちのもとを尋ねるために家を後にした。
まずA氏は、古い付き合いのあるB氏の元を訪れた。A氏はぶっきらぼうに切り出すと、B氏はすぐに答えた。
「封じ手なんだが。いつのかわかるか?」
「長かったゲームというと、拡張ドメモ(DOMEMO)のときか?」
A氏の脳内に苦い思い出が蘇った。通常、5つの手牌と7つの数字で行われるドメモというゲームを、30個の手牌と60の数字に拡張することで、更に戦略性を高めようとしたのだ。非公開情報の濁流はマインドシーカーもかくやという有様だった。
A氏はすぐに否定した。
「それはきみ、単に長いだけじゃないか。2徹してもいっこうに終わらなかったもんだから、結局お流れになったんだ。」
「そうだったか?」
「無理もないか。あの時は全員1+1もわからなくなっていた。記憶の混濁も仕方がない。」
次にA氏が訪れたのはC氏の家だ。
「この封じ手に見覚えは?」
「封じ手を作るほど長かったゲームというと、リアルクトゥルフTRPGのときか?」
これもまた苦い思い出だった。彼らはかつて、クトゥルフ神話TRPGをリアルに近づけるべく、ウォーハンマーをはじめとした既存のルールブックを参考に、各種拡張ルールを追加して遊ぶことを試みたことがあった。
しかし戦闘ルールを3次元空間に拡張し、10フィート立方体を導入するなど、やりすぎであることは誰の目に見ても明らかであった。プレイ中にみるみる追加されていく拡張ルールはあまりにもGMの手に余り、イスの偉大なる種族であろうと管理しきれるものではなかった。
「あれは違うだろう。状況が混沌とし過ぎて手番もなにもあったもんじゃない。終いにはゲーム内情報が言語化不可能になって、リアル魔術書が大量生産された挙げ句、PCではなくPLが発狂して終わったはずだ。」
「そう…だった…?あ…?」
C氏はおぞましい思い出に直面し、一人でSANチェックを始めていた。
最後に幼馴染のD子の家だ。
「この紙のことなんだけど。覚えてる?」
「これ、なんだか懐かしくない?こういう手紙、小学生の頃に流行ってたよね?」
A氏のニューロンにひとつの思い出が過ぎった。
かつて小学生の頃、D子のことが気になっていたA氏は、当時用意できた精一杯のきれいな紙に『つきあってください』と書き記し、素朴なラブレターとして渡すことを思いついたのだ。
ところが渡す直前になって気恥ずかしくなり、そのまま手紙は忘れ去られていた。
(そうか、あの時渡しそびれた手紙!)
A氏は思い出から現実の世界に帰る。幼い頃にしたためた封じ手を開き、ゲームの続きを今、始めようと思ったのだ。
「その、思い出した。この手紙、小さい頃D子に渡したかったやつなんだ。開けてもいいかな?」
「うん、開けてみて。」
D子は笑顔で促す。
実はD子は手紙を書いている幼いA氏を影でずっと見ていたのだ。
小学生の幼稚な恋愛観に由来する物であっても、D子はA氏のことを少なからず想い続けていたのだ。
その封が解かれるのは何年ぶりだろうか。とうとうそのテープは剥がされ、内側に秘められた想いが日光を浴びた。
A氏は内側に書かれた文字に目をやる。
D子は微笑んだままその様子を見つめていた。
『味噌 綿棒 ボラギノール』
「買い物メモじゃねえか!」
痔持ちであるコンプレックスがA氏に封をさせたのであろうか。
味噌とボラギノールを並べて書くセンスに疑問を抱かなかったのだろうか。
A氏がなぜスマホを使わずわざわざ紙に書いたのかは終ぞ分からずじまいであった。
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