第23話 力の一端に触れて
あれからしばらくして熊耳の女性が連れてきたのはギルドマスターのグレンさんだった。
グレンさんは私と目が合うなり呆れた様子で「はぁ〜……」っと大きな溜息をつくと、私の前に座り顎肘をついた。
「……嬢ちゃん。田園の村で何かしなかったか?」
何か俺に話すことがあるよな? とでも言いただけ表情で私に村のことを尋ねてくるグレンさん。
(ギルドは情報収集能力に長けてるとは聞いてたけどこんなに凄いの? だって昨日の今日だよ?)
でも私に聞いてきたってことは何かしらの情報は得ているってことだ。少なくとも私が関与しているんじゃないか? ってグレンさんが思う程度の情報を……。
(ん〜。とりあえず適当に誤魔化してみるか……)
「いやだなぁー! グレンさん。何か勘違いしてない? 田園の村には何もしてないよ? するわけないじゃん! あっ、でもあの村。のどかで凄く良いところだよね〜!」
「ほぉー。田園の村
「どうしてそんなこと私に聞くの?」
「いやな? 他の冒険者からとある報告があってな。竜巻が発生して巨大な壁が出現したーとかなんとか……。んでだ。そいつらに詳しく話を聞くと、ちょーどその場所っていうのが嬢ちゃんが受けた依頼に書いてあるワイバーンの目撃情報があった辺りなんだよなぁ〜」
(なぁ〜んだ! 私を見たってわけじゃないのか。なら適当に誤魔化して……。いや、待てよ? これはもしかしてチャンスなんじゃ?)
ミサキは少しだけ考えて──。内心で邪悪な笑みを浮かべた。
「まさかあのワイバーンにそんな力があったなんて……。特殊な個体だったのかな? 無事に帰ってこれて良かったよ。ホント。……あっ、でもそんな危険な魔物だったんならさ。もちろん報酬とかも跳ね上がるよね?」
ふはははっ!! せっかくのチャンスだ! 活かさないなんて選択肢は無一文の私にはないんだよっ!!
とりあえず1.5 ……。いや。2倍? ……うん。2倍かな!! もしダメって言われたら、それからちょこちょこ下げていけばいいだけの話だもんね♪
「ということで報酬は2倍ってことでいいかな? いやぁー! 被害が大きくなる前に倒せてホント良かったよ。私に感謝してよね!」
「……他にも空に浮かぶ鎧姿の赤髪の女を見たって言ってるんだよなぁ〜」
「…………チッ」
(なんだそこまで見られてたのか。それならそうと早く言ってよっ! 無駄に期待しちゃったじゃん!)
「まぁ、普段ならそんな馬鹿げた話笑い飛ばすところなんだが……。奇遇にもつい最近同じ現象を見たような気がするんだよ。なぁー? 嬢ちゃん」
「……そうだね。メイちゃんはそんなところで一体何をしてたんだろ?」
「ちげぇええよッ!! なんでそこでうちの娘がでてくんだよ!?」
「あはははっ! 冗談だよジョーダン! ……ところでその冒険者達は他に何を見たんだろ? 私も直接話を聞いてみたいんだけど」
「あー。そりゃ無理だ。わりぃな。そんなことしてたら報告に来る奴がいなくなっちまうからな」
「なるほど。そりゃそうだ」
報告した内容によっては腹いせに報復される可能性だってあるもんね。ギルドが報告した冒険者の情報を開示するわけないか。……んー。でも噂が広がったりする前に口止めはしときたいんだよなぁー。少なくとも今は。
「んーっ!」
「まぁ、そんなに心配しなくても大丈夫だ。俺からも周囲には話さないように言ってあるからな!」
「ふーん。話さないように……ねぇ」
「なんだ不満か?」
「いや〜? 別にそういうわけじゃないんだけさ」
(グレンさんには悪いけど、私は会ったこともない人を信用するほどお人好しじゃないんだよねぇ〜……)
さて。でもどうやって探そう? 分かってるのは田園の村の近くまできた冒険者ってことだけだけど……。
ん? 待てよ。田園の村の近くまできた冒険者? ってことは──。
「そうだっ!!」
「ん? どうしたんだ?」
「えへへっ。目撃した冒険者達を探すいい方法を思いついちゃったんだよねぇ〜♪」
「嬢ちゃん。まだ諦めてなかったのか……。俺としては嬢ちゃんから早く詳しい経緯を聞きたいところなんだがなぁー……。だいたい探しだしてどうするつもりなんだ?」
「……目撃者を生かしておくわけにはいかないでしょ?」
「…………はっ?」
『ぶっ!?』
『ひぃ……ッ!?』
私が少し大きめな声でグレンさんにそう言うと、テーブル席の方から女性の悲鳴と男性が飲み物を吹きだすような声が聞こえてきた。
見るとふたり組の男女が青ざめた顔でうつむいている。周囲の冒険者達の視線がテーブル席に座っているふたりに集中しているところを見ると、いま声をあげたのはあのふたりで間違いなさそうだ。
(ははぁ〜ん。あのふたりか……。やっぱりギルドで様子を伺ってたんだね)
私みたいに空を飛べるならともかく、距離的に考えて昨日のうちに街に戻ってギルドに報告するっていうのは難しいんじゃないかなーとは思ってたんだよね。
そこまで急ぐ必要もないだろうし、来るなら依頼が張り出される朝でしょ! それも報告してはい、おわりーっ! とはならないよね? どんな奴がくるのか。どんな話をするのか。気になってしょうがないよね?
「お、おいッ!! いまの冗談だよな!?」
(私と視線を合わせようとしないところを見るとあのふたりでほぼ確定かな。……よし)
ミサキは慌てふためくグレンを無視して椅子から立ち上がると、風魔法を使って急加速。
瞬く間にふたりが座るテーブル席へと移動した。
◆◇◆◇
「きゃっ!!」
「うおっ!? なんだ!? なんだ!?」
ミサキが物凄いスピードで移動した反動で室内に突風が吹き荒れ、ギルドを訪れていた冒険者達の間にどよめきが広がり場は騒然となった。
その場にいた冒険者のほとんどが状況を理解できず、突如発生した突風に、困惑と驚きの声をあげる中、ギルドマスターと親しげに話す見知らぬ女騎士の姿が偶然目に留まり、興味本位で遠目から様子伺っていた一部の冒険者達の間には戦慄が走った。
時間にすれば1秒にも満たない刹那の時間。常人ならまばたきぐらいしかできぬであろう極めて短い時の中で、20m以上離れた距離を移動したという純然たる事実。それは様子を伺っていた冒険者が培ってきた常識や自尊心といったものを粉々に砕き、得体の知れない恐怖を抱かせるには十分すぎるものだった。
一方、以前ミサキに足元から凍らされた冒険者達は、いち早く異変の原因がミサキであることに気づき「ひぃ……ッ!」っと恐怖に染まった悲鳴をあげて、我先にと逃げるようにギルドから飛び出していった。
混乱極まる状況の中。ギルドマスターであるグレンは事態を収集すべく声をあげた。
「おいッ!! 嬢ちゃんちょっと待て!!」
ミサキを止めようと、グレンは慌ててカウンターから出ようとするが。
「うおっ!? なんだよこれは!? 全然前に進めねぇぞ!?」
(風の壁……? すごい力で押し返され……。くそっ! これも嬢ちゃんの力か!)
「おいっ!! そっちのカウンターはどうだ!? 出れそうか!?」
「無理です!! 物凄い力で押し返されて前に進めません! ギルドマスターッ!! 一体これはなんなんですか!?」
「知るかっ!! そんなこと聞いてる暇があったら、今は他にやることがあんだろーが!! 早く裏口の方も確認してこい!」
「は、はいっ!!」
──グレンはミサキの力を決して過小評価してるつもりはなかった。むしろその逆。
数万の兵士を焼き払う圧倒的な火力。空を飛ぶことで得られる常軌を逸した機動力。
“個で一国と争うことができる唯一の人物“ それがミサキに対するグレンの評価だ。
だがあくまでそれはミサキが空中から一方的に攻撃した場合に限っての話。まともにぶつかり合えば一個人で国が保有する全兵力と渡り合うなんてまず不可能。グレンはそう考えていた。
まさかミサキの力がここまで汎用性の高いものだとは夢にも思っていなかったのだ。
(火力だけじゃねぇってことか……。この風の壁。これを全身に纏わせたらどうなる? 攻撃は嬢ちゃんに届くのか……? そもそもさっきのあの動きはなんだ? 目で追うことすらできなかったぞ!?)
グレンはおもわず息を呑んだ。
「やべぇなこりゃ……。嬢ちゃんの底がまるで見えねぇ……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます