第21話 決意と村の様子

 オリヴァーさんとの会話も終わり、王国の兵士達が撤退していく様子を眺めながら私はこれから先のことについて考えを巡らせていた。


「んー。オリヴァーさんに国王への伝言を頼んではみたものの……。絶対王政じゃこれで退いたりはしないだろうなぁ」


 理由は簡単。ここで王への反抗を許したら他の村や街でも連鎖的に同様のことが起こり王の権威が地に落ちるからだ。


 確か元の世界でも絶対王政を行っていた国家の大半が王権神授説を用いていた。まぁー、ようするに王の権威は神から授かったものなんだから逆らうなよってやつだね。オリヴァーさんの話を聞く限り、反乱を防ぐ目的でこの国でも王権神授説を住民に信じ込ませている可能性は非常に高い。



 ミサキは兵士達から視線を外し、心底呆れた様子で大きな溜息をつくと、虚空を眺めながらポツリと呟いた。


「……くだらない」


 本当にくだらない。もう沢山なんだよ私は。権力欲と支配欲にまみれた世界で生きるのなんて。


 だいたいおかしいじゃないか。王様の命令が絶対だなんて。もちろんその王様が他の誰よりも優れた人格の持ち主で、よりよい方向に人々を導いていけるっていうならまだ分かるよ?


 けどこの国の王様はそうじゃないよね。


 そんな人格者が一方の意見だけを鵜呑みにして物事を力尽くで解決しようとしたり、自分達に都合の良いように事実を捻じ曲げたりなんてするわけがない。


 別に私は嘘をついてることを責めるつもりはないんだよ? 嘘をついたほうがいいことだって世の中にはあると思ってるからね。


 だけどさぁ〜……。


 今回の嘘はそういうのじゃないじゃん!?


 自ら志願してこの国の兵士としてお金を貰って生活してるような人達なら分かるよ? 上が無能なのには同情はするけど、お金を貰ってる以上戦争に行くのは仕方ないことだと思う。


 けど。棚ぼたでチャンスがきたから平民や農民も集めて攻め込んじゃえー! なんて。軽率にも程があるでしょ!? この国の王様は一体どういう思考回路してんの?


 有無を言わさず強制的に従わせて、逆らったら処罰する? それもよりにもよって私がやったことを大義名分にして立場の弱い人達に理不尽を押し付けようとするなんて……。


「ふざけるのも大概にしろって話だよ! 職場にいたクソ上司みたいなことしやがってえぇ!!」



 夕日が地平線の彼方に沈み、黄昏時のひんやりとした風が怒りの声をあげたミサキの赤い髪を揺らした。


「はぁ……はぁ……はぁ……。って。熱くなっても仕方ないか」



 ……少なくともオリヴァーさんからは私と敵対したいという意思は微塵も感じられなかった。あの様子なら私の要望を必ず上の人達に伝えてくれるだろう。


 ううん。もしかしたらそれ以上のことだってしてくれるかもしれない。その結果話し合いで済むのならそれに越したことはない。私だって出来れば争ったりなんてしたくないからね!


 だけどオリヴァーさんの言葉も無視して、力で理不尽を押し通そうとするのならその時は……。



 ミサキは手のひらに小さな火球を生み出して、決意めいた瞳で数秒ほど見つめた後。その炎を己の手で勢い良く握り潰した。


 散り散りになった火の粉は宙を舞い、赤く染まった夕映えの空へと消えていった。




 すっかり日も暮れて村に戻ると、中央の広場に人だかりができていた。その中にはジョージさんとサーシャさんの姿もある。肌寒くなってきてるのに広場なんかで何してんだろう?


「たっだいまぁーっ!!」


「ミサキちゃん!?」

「ミサキ!?」


「みんなこんなところで何やってるの? 外寒くない?」


「ミサキちゃん。空まで飛べちゃうのね……」

「なにって……。なんでこの状況でそんな平然としてられるんだぁ?」


「この状況って? あぁ。兵士達ならもう追っ払ったよ?」


「壁だよ壁ッ!! 見りゃ分かんだろ!?」


「あー。なんだそっちか。ビックリさせちゃってごめんね? あっ、サーシャさん! 悪いんだけどまたホットミルク作ってもらえない?」


「突然村全体を壁が……って。おい。今なんて言った?」


「寒くなってきたからホットミルク作ってもらえない?」


「その前のことを聞いてんだよッ!! だあああああ──ッ!! もうっ!! 一体何がどうなってるんだぁっ!?」


 周囲の人々が困惑と混乱の表情を浮かべてどよめく中、ジョージさんの一際大きな声が広場に響き渡った。




◆◇◆◇




「ふぅ……。やっぱり寒い日はホットミルクに限りますなぁ〜」


「ふふっ、おかわりもまだあるから遠慮しないで言ってね?」


「はぁーい!」


 ミサキは険しげな表情で話すジョージさん達を遠目で眺めながら、ホットミルクが入ったカップを手に持ちゆっくりと口元に運んだ。


 …… いつまで続くんだろあの話し合い。いくら話し合ったところでジョージさん達にできることなんてあまりないと思うんだけどなぁー。


 ジョージさん達はかれこれ2時間以上あーやって話し合っている。どうやら広場で話した騎士団との事の顛末がよほど衝撃的だったらしい。


「やはりここは王国からの使者が来るのを待つべきではないだろうか? 話し合えばきっと和解の道も見えてくるはずだ」


「あいつらが話し合いに応じると本気で思ってるのか? 問答無用で俺を殺そうとするような奴等だぞ?」


「しかしだな…… 」


「一国を相手にこんな名もない農村が太刀打ちできるわけねえよ……。もうおしまいだあー。来月にメリッサとの結婚を控えてるのにどうしてこんなことに……」


「馬鹿野郎っ!! おしまいなもんか! 何回言わせりゃ気が済むんだ? ミサキが作ってくれたあの大きな壁があれば、王国の奴等だって簡単には手出しできねえって言ってんだろうがっ!!」



 んー、こりゃしばらくは終わりそうにないかなぁ……。だいたいさっきから話してる内容がループしちゃってるし。


「ミサキちゃ〜ん! そろそろ夕御飯ができるけどどうする?」


「もちろんいただきます!」


「ふふっ、じゃあ出来上がったらすぐに持っていくわね」


「わ〜い♪」



 ジョージさん達の議論は私が夕食を食べ終わってからも続き、結局のところ結論が出ないまま解散することになったらしい。


 どうしてそんな曖昧なのかというと。途中から聞いてるのが馬鹿らしくなっちゃって、他の部屋でサーシャさんとおしゃべりしてたんだよね。


 おかげでジョージさんとの馴れ初めとか、この世界の歴史とか。色んな話がたくさん聞けて凄く楽しかった。サーシャさんとはこれからも仲良くしていきたいものだ。


 あっ、そうだ!! 明日は一度ギルドに戻ってワイバーンの討伐を報告しないと! 騎士団と揉めてるわけだし、報酬が貰えなくなったら困っちゃうもんね!

 

 

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