第20話 帝国と王国
ー ロクサンヌ帝国 帝都 ー
「なに? アイン王国の騎士団が例の女と揉めているだと?」
「はい。密偵からの報告によりますと、農民を強制的に兵に加えようとしたところ、たまたま居合わせた件の女と意見が対立し抗争に発展したようです」
予期せぬ吉報に、ロクサンヌ8世は思わず笑みを浮かべた。
「ワッハッハッハッ!! なんと愚かな! 王国の奴等は前線であの女が何をしたのか知らんのか?」
「そこまでは分かりかねます。ただ我が兵を焼き払った際に件の女はアイン王国の女騎士と共に飛び去ったという目撃情報が多数ございます!」
ロクサンヌ8世は宰相の方へ視線を送る。
「ルーズベルトよ。お主はどう思う?」
「間違いなくその騎士は上に報告してるでしょうね。いや。もし私がその騎士の立場なら、どうにかして例の少女と友好を深めようとするでしょう」
「ふむ……」
そうなのだ。本来であればそれが正しい選択だ。空を自在に飛びまわり、2万人を一瞬で焼き払うことができる相手と敵対するなど愚の骨頂。友好を深め自国に取り込むのが定石のはず……。
ロクサンヌ8世はしばしの間考え込み、ある結論に辿り着いた。
「……まさか。王国側はあの戦場での出来事を正確に理解できておらぬのか……?」
そうだ。それならば徴兵してるのも、あの女と騎士団が対立してるのも辻褄があう。
「その可能性が最も高いかと」
「だがそんなことあり得るのか? 戦場には他にも王国の騎士や兵士達がいたのであろう?」
「陛下が疑念を抱くのはよく分かります。ただ報告書を読むかぎり、あの少女が現れるまで戦況はこちらが優勢。王国の本隊は既に後退している状況だったようですね。我が国の追撃を防ぐために残った王国の兵士達の掃討も完了する間際だったとか」
「ふむ。ではなにか? 王都側の目撃者は極端に少ないかもしれん。そういうことか?」
「……もしくはほとんどいないのかもしれません」
「そうか。ククッ……。そうかのか……。王国は気づいていないのか……」
この世界を統べることができるやもしれぬ圧倒的な力。……そんな力を持つ者が今まさに手の届く距離にいるというのに……。
「クククッ。ワッハッハッハッ──ッ!! 僥倖ッ!! まさに僥倖ではないかッ!!」
「……陛下。いかがなさいますか?」
「ククッ。そうと分かれば王国に考える時間と余裕を与えるわけにはいくまい。……よし! 1ヶ月後だ! 1ヶ月後に総攻撃を開始すると王国に封書を送ってやれ」
「なるほど。そういうことですか……」
ロクサンヌ8世の思惑を理解したルーズベルトは微かに笑みを浮かべた。
「それから密偵にはあの女との接触を急がせろ。対応はくれぐれも慎重にな」
「心得ております。私も焼き殺されたくはありませんからね」
ルーズベルトは冗談混じりにそう言うと、ロクサンヌ8世に向かって軽く会釈をしてから足早に謁見の間を去っていった。
「さて……。アイン王国がどう動くか。ふふっ、見ものだな」
◆◇◆◇
数日後。封書を送られたアイン王国に激震が走った。
ロクサンヌ帝国とは今までも幾度となく戦争があった。しかしそれは国境付近の小競り合いに留まることがほとんどであり、今回のように総攻撃を仕掛けてくると宣言してきたことなど一度もなかったのだ。
『ロクサンヌ帝国がアイン王国に総攻撃を仕掛けてくるらしい』
そんな噂があっという間に国中に広がり、国境近辺の街や村などから避難する者が続出。王都近辺の街や村では住民達と避難してきた者達が対立。国中が騒乱の渦に巻き込まれていった。
異例の自体を受けてアイン王国の国王は全騎士団長を招集。緊急対策会議が開かれることとなった。
緊急対策会議を午後に控えた状況の中、ミサキとの対談を終えて王都に赴いていたオリヴァーは、ミサキのことを報告するため第一騎士団団長のミリアの元を訪れていた。
「あはっ! 田園の村でそんなことがあったんだぁ。オリヴァーちゃんも大変だったねぇ」
「笑いごとじゃありません団長!!」
「もぅ! そんなに怒らなくてもいいじゃないか。せっかく心配してあげてるのにさ」
「それは有難いのですが……」
「んー、でもミサキちゃんかぁー……。ははっ! 面白そうだねその子!」
なにが面白いのか? そう聞き返したい気持ちをオリヴァーはグッと堪えた。
『閃光』の二つ名を持ち、生粋の戦闘狂として知られているミリアは、強そうな相手を見つけるといつもこうだった。
もちろん普段であれば頼もしい限りなのだが……。今回ばかりは違った。
「……ミリア隊長。ミサキは本当に危険なのです。どうか本日の対策会議でミリア隊長からも提言していただけないでしょうか?」
「んー。と言ってもねぇ。あくまで今日の会議は帝国との戦争についてだからなぁ……。それに言いづらいんだけどさ。君だけなんだよねぇ。そんなこと言ってるの……」
「なっ……ッ!?」
「いや別に君を疑うわけじゃないんだよ? 竜巻で多くの兵士達に被害が出たのも聞いてるしね。……ただ第二騎士団のモーリス副隊長も他の兵士達も自然発生した竜巻にやられたとしか言わなくてねぇ」
「そんな馬鹿なッ!! 他の兵士も絶対に見てたはずです!!」
「まあまあ! 今日はもう帰っていいからさ。ゆっくり休みなよ。オリヴァーちゃんには期待してるからさ!」
「隊長っ!! 私は本当に──」
ミリアはオリヴァーの言葉を遮るように、肩を軽くポンポンと叩くと、右手を軽く上げ、ヒラヒラさせながら部屋の外へと出て行った。
ひとり部屋に残されたオリヴァーは、唇を強く噛みしめながら拳をテーブルに強く叩きつけた。
「クッ……!! ミリア隊長はミサキの恐ろしさをまるで分かってないッ!! あれは。あの力は……」
──『次きたら
別れ際にミサキに言われた最後の言葉がオリヴァーの脳裏によぎる。
「……何か。何か手を考えなければ。このままいくと我が国は取り返しのつかないことに……。だが一体どうすれば……?」
第一騎士団副隊長オリヴァー・ディ・アルバード。彼の苦悩の日々はこうして始まりを迎えた。
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