第14話 強制徴兵

 唖然としているジョージを無視して、ミサキはホットミルクが入ったカップを手に持って、ゆっくりと口元に運んだ。


「ん~♪ このミルク美味しい♪」


「ふふっ。そう言ってもらえると、嬉しいわ。おかわりもあるから遠慮しないでね?」


「サーシャさん、ありがと♪」



 ミサキが、ゆっくりと朝のホットミルクタイムを満喫していると、外から野太い叫び声が聞こえてきた。


『緊急の用件であるっ!! この村の村長はいるかあああっ!!』



 静かな朝のひと時が台無しだ。


「うおっ!? なんだなんだ!?」


「あなた……」


「サーシャ、大丈夫だ。ちょっと行ってくる! ミサキとサーシャは、ゆっくりしててくれ!」


 そう言うと、ジョージさんは走って扉から外に出ていった。


 ゆっくりと言われてもなあ。気になってしょうがないんだけど?



 ミサキがジョージの背中を見送る中、サーシャは心配そうな顔で窓に近づくと、恐る恐る外を眺めた。


「あれは……。兵士? でも一体どうして?」


 不安そうなサーシャの声に、ミサキは溜息をつくと椅子からゆっくりと立ち上がった。


「ミサキちゃん?」


「ちょっと私も様子を見てくるよ」


「でも……」


「大丈夫。だからそんな不安そうな顔しないで? ねっ?」


「……ありがと。でも気をつけてね?」


「はーい! 帰ってきたらホットミルクのおかわりよろしく!」


「ふふっ、ミサキちゃんたら……。わかったわ。任せておいて♪」


 ミサキはニコッとサーシャに微笑むと、扉を開けて外にでた。



 さてと。私のホットミルクタイムを犯した理由を聞こうじゃないか!



 ◆◇◆◇


 外にでて周囲を見渡すと、広場の方に人だかりができていた。


「あそこかな?」


 目を凝らすと、馬に跨った兵士が5人。その中でも一際立派な鎧を着たヒゲを生やした中年のおじさんが、凄い剣幕で村の住民に向かってなにかを叫んでいた。


「うわー。見るからにめんどくさそうなおじさんだな……」


 ミサキが呆れ顔で近づいていくと、村の住民の困惑するような声と怒声で、広場はざわついていた。


「そんなの横暴だっ!!」

「そうだそうだ!」


『えーい! 黙れ黙れっ!! 誰が貴様らの生活や安全を守っていると思ってる!!』


「だからって食料の追加徴収と男達全員の強制徴兵なんて納得できるかっ!! 女、子供だけでどうしろって言うんだっ!!」


 怒鳴り散らす兵士の言葉を受けて、ジョージが顔を真っ赤にして言い放った。


 ミサキが兵士たちの方へ視線をやると、兵士たちに今にも殴りかかりそうな勢いのジョージさんを必死で止める村人達の姿があった。


 男達をみんな強制徴兵? いくらなんでも滅茶苦茶だ。


「ふんっ。村のことなど俺の知ったことか! 我が軍の攻撃によりロクサンヌ帝国が数万の兵士を失った今こそ好機なのだっ!! お前らは黙って従っていればよい。 これを見るがいいっ!!」


 偉そうな兵士はそう言うと、手に持った書面を空高く掲げた。


「そ、それはアイン国王の命令書!?」

「まさか王命だっていうのか!?」

「そんな……」


 村の住民から、どよめきが起こる。

 驚愕、恐怖、不満。反応は様々だが共通しているのは、その瞳に絶望の色を宿していることだ。たった1人を除いて……。


 数万の兵士を失った? ロクサンヌ帝国? それって……。


 聞き覚えのある国名と出来事に、ミサキが首をかしげていると、ジョージが青ざめた顔で絞りだすように声をあげた。


「い、いくら王命だからってそんな無茶苦茶な命令。聞けるわけがないだろ!!」

「ほう? ならば仕方ない……」


 偉そうな兵士は下卑た笑みを浮かべながら部下の兵士に視線を送り、顎で指示をだした。


「皆も見ておくがいい!! 王命に逆らえばどうなるのかをなッ!!」


 兵士の1人が馬から降りると、剣を抜きジョージさんに向かって振り下ろした。


「キャ──ッ!!」

「うわぁ──ッ!!」


 響き渡る村人達の悲鳴。兵士たちの見下したような視線と嘲笑。


「くっ……! すまん…….サーシャ……」


 ジョージが愛する妻への最後の言葉を口にして瞳を閉じた。その瞬間。


『いやそれはダメでしょ』


 ジョージがミサキの声だと気づき、ゆっくりと目を開けると、自身の目前で兵士の振るった剣の刃が静止していた。


「なっ!?」


 兵士は一瞬だけ驚愕の表情を浮かべると、すぐに歯を食いしばり必死に力を込めた。


「おいっ!! なにをしている! 早く斬り殺さんかっ!!」


「うぎぎぎっ……! だ、だめですっ!! 何かに邪魔をされて、これ以上…….。す、進みませんっ!!」


「な、なんだと!? そんな馬鹿なことがあるかっ!!」



 村の住民が、ただ呆然とその場に立ち尽くし、静寂に包まれる中、ミサキの足音だけが周囲に響き渡った。

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