第3話 ケロケロ執事と秘密のあじさい

「こんにちは姫様。今日は特にいい雨ですねぇ」

「そうねじいや。最高だわ」

 じいやと呼ばれるカエルはケロケロと笑います。とても楽しそうです。

(カエルが執事なんだ。まぁ、カタツムリが喋っているし)

「初めましてケンタ様。姫様のおつきあい、誠に感謝します」

「あっ、どうも」

 緑のネクタイのじいやは

「散歩にうってつけの場所がありますぞ」

と誇らしげに提案しました。

「そんな場所があるの?」

「ええ。ついてきてください。すぐそこですから」

 じいやはぴょんぴょん跳ねて、しげみの奥に入っていきました。

 ケンタは大あわてでついていきます。

(こんな所にあるの? ただの森じゃん!)

 水滴や濡れたはっぱが顔についても、外す暇はありません。

「がんばってケンタさん! もうすぐですわ!」

(カタツムリに応援されちゃったよ!)

 全力で走っているので、声も出ません。

なんどもこけそうになりながら、必死に追いかけます。

(あとどれくらいだよ!)

 邪魔な枝を避けると、じいやがいました。

「到着でございます」

「うわぁ!!」

 突然じいやが現れたので、ケンタは尻餅をつきました。

「あら、大丈夫ですか?」

 ボールは持ったままだったので、デンデン姫は無事です。

 じいやも、あとちょっとで踏まれるところだったのに、ケロリとしています。

「もう、びっくりしたんだぞ!」

 怒って顔を上げるケンタ。

 目に飛び込んできたのは、キラキラ輝く、紫の玉でした。

「あじさい? なんで光っているの?」

「雨粒ですわよ。ビー玉みたいに丸くてかわいいでしょ」

 ケンタがはっぱに触れると、雨粒はゆっくりと転がりました。

「あはっ、本物みたいだ」

 濃淡のある青と紫が、しずくに色を与えています。

「あじさいの花って、集まって咲くんだ。知らなかった!」

 一面に広がるあじさい達は、ふっくら丸く並んでいます。

「ケンタさん、これは花ではありませんよ。本物の花はあの、小さな白い物です。色がついているのは、ガクと呼ばれていますの」

 デンデン姫は得意げです。

「そうなんだ。綺麗ならなんでもいいや」

 三人はゆっくり歩いて観察しました。

 枯れてしまった茶色は悲しげですが、その中の若葉は、優しい気持ちにしてくれます。赤ちゃんがゆりかごで眠っているようです。

「こんなに落ち着いて、誰かと喋りながら歩くなんて初めてだよ」

「そうですわね。ケンタさんは、いつもせっかちですもの」

「え?」

「この前なんか学校帰りに傘がなくて、大あわてで走っていたでしょう? 転んでドロンコになって、お母さまに怒られていましたね」

「家にカミナリ様がいましたな」

「なんで二人とも知っているんだよ!」

 まさか見られていたなんて!

 ケンタは悔しいやら恥ずかしいやらで、真っ赤になりました。

「ケンタさんたら、赤くなっていますわよ。そうそう、赤いあじさいもありますの。知っていましたか?」

 デンデン姫はマイペース。

 あきれながらも、ケンタは自分が楽しんでいることにハッとしました。

 秘密のあじさい畑で雨のお散歩なんてすごいおしゃれじゃん。絵の中にいるみたいだ。

(誰か描いてくれないかな?)

 ケンタの目の前には、わずかな光を集める小さな雨粒がありました。

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