第10話:発狂・皇太子視点

 撤退を開始して二日、大魔境に入って五日、発狂寸前だ。

 撤退しようとしたとたん、自分の手も見えないような真っ白な霧に覆われた。

 方角を間違えないように、地理感覚に優れた複数の者に先導させようとしたが、彼らだからこそ分かったのだろう「方角が分からない」と正直に言ってくれた。

 それはそうだろう、私だってこのタイミングで濃霧が発生すれば、敵が我々を逃がさないようにしたのだと分かる。


 騎士達にもそれが分かったのだろう、明らかな狼狽を表情を浮かべていた。

 それでも、その場で狂気に駆られて逃げ出すような事はなかった。

 皇国軍でも末端の兵士なら狂気に侵される者がいただろう。

 だが、もう、限界だ、これ以上は耐えられそうにない。

 最精鋭の騎士達が精神的にまいっていて、わずかな事で口喧嘩を始めてしまう。

 このままではいつ剣を抜いて殺し合いを始めるか分からない。


(大魔境の恐ろしさを思い知ったか、皇太子)


 もうこれ以上は騎士団を維持できないと思い、同士討ちをするくらいなら「それぞれ信じる者と共に分かれて行動しろ」と命じようと思っていた時、心の中に言葉が浮かんできた。

 一瞬自分が狂気に囚われたかと思ったが、直ぐにそうではないと思った。

 心の浮かんだ言葉に、疑いようのない神々しい神気が感じられた。


(はい、人間の卑小さを思い知りました)


(ならば真聖女に手を出さないと誓えるか、誓えるなら全員生きて帰してやろう)


(そうお答えしたいのですが、私には全ての皇国民の命に責任があります。

 生きて帰れば自分を鍛え直し、勇者を募り、装備を整え直し、再びこの地に参ると思います)


(嘘をつかない事は評価してやるが、それではお前を含めてここにいる全員を殺すことになるが、それでいいのだな)


(畏れ多い事ではございますが、そこを何とかお慈悲を賜れませんでしょうか。

 この者達は、皇国の民のために命をかけた勇者でございます。

 それと、失礼を承知でお聞きさせていただきますが、何故皇国が皇国の聖女を求めてはいけないのでしょうか)


(皇国の聖女だと?

 馬鹿な事を言うのではない、真聖女は皇国だけのものではない。

 この大陸、いや、この世界を護るべき偉大な真聖女なのだ。

 その大切な掛け替えのない真聖女を、殺そうとするような人の手に渡せるものか。

 愚か者が!)


 真聖女だと?!

 ここにおられる方は皇国の聖女ではないのか?

 では、我らの聖女はどこにおられるのだ。

 おそらく今話してくださっているのは、神か神に匹敵されるお方だ。

 ならば皇国の聖女の居場所も知っておられるかもしれない。

 ここは命と引き換えにしても、皇国の聖女の居場所を教えていただこう。

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