第9話:不安と恐怖・皇太子視点

 なんと恐ろしい所なんだ!

 公爵軍を惰弱と馬鹿にしていたが、それは間違いだった。

 このような場所に入って生きて帰るのは至難の業だ。

 一騎当千の精鋭騎士団が正気を保つだけで精いっぱいだ。

 あの悪女様も、この大魔境に聖女を捨てれば確実に殺せると思ったはずだ。


「小休止、輜重隊は盾を持って盾隊と交代。

 他の者は規定通り順番に休憩しろ」


 大魔境と呼ばれ、恐れられるここに入って、わずか三日だ。

 皇国内の魔境に狩りに入る時は、最長一カ月は魔境で過ごす皇国軍だ。

 その皇国軍でも最精鋭の我らが、わずか三日でもう撤退を考えている。

 一度の襲撃も受けず、誰一人死傷していないにもかかわらず、もう潰走しかねないほど精神的に参ってしまっている。


「皇太子殿下、私の責任で撤退を命じようと思います」


 この国に親善訪問という名目で侵攻した軍の副司令官の一人で、この精鋭騎士団の団長も兼任するプランケ伯爵ジーガン卿が、私の経歴に慮って、敗退としか言えない撤退の責任をとろうとしてくれている。

 だがそんな事をすれば、不敗の将軍と褒め称えられている彼の経歴に傷をつけ、私の皇太子としての誇りと名誉も泥にまみれてしまう。


「いや、これは私の目算の甘さが生んだ、私の失敗だ。

 その結果を他人に背負わせるのは、恥以外の何物でもない。

 撤退の命令は私の責任でだす」


「は!」


 少々照れてしまうが、ジーガン卿も騎士達も称賛の目で私を見てくれる。

 だがこれが誇り高い皇国の皇太子が取らねばならない態度なのだ。

 この程度のことができないようでは、皇太子になる資格はない。


「小休止が終わったら大魔境から脱出する。

 今まで一度も襲撃されなかったが、撤退時に背後を襲うのは戦の常道だ。

 各員襲撃があるものと考え、今はできるだけ体を休めてくれ」


「「「「「はっ!」」」」」


 三日間一睡もできなかった騎士達が元気に返事をしてくれる。

 これで大魔境から出られると思って、わずかに元気を取り戻したのだろう。

 皇国の魔境では平気で眠る事のできる精鋭騎士団員を、一睡もさせない殺気。

 今は粘つくような感じの殺気だが、誰かが眠ろうとすれば鋭く変わる。

 今にも襲われると感じてしまい、とても眠る事などできない。


「ジーガン卿、先に横になってくれ、私は後半に横にならせてもらう」


「はっ、先に休ませていただきます」


 百戦錬磨のジーガン卿らしく、二人で譲り合って、わずかな時間も精神力も消耗させないように、直ぐに指示に従ってくれた。

 私もこの三日間一睡もしていないから、わずかな事で苛立ってしまう。

 情勢判断も指示も間違う確率が跳ね上がっている。

 今撤退命令を下したのは間違っていないが、問題は大魔境を支配しているモノが、我々を生きて帰す気があるかどうかだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る