第177話 勢い

美香の気持ちがわかった数日後、昼休憩に入り、美香の作った弁当を食べていると、カップ麺と手作り弁当を持ったユウゴが休憩室に入ってきた。


「珍しく弁当?」と聞くと、ユウゴは「小遣い制になったからな。 美香と違って料理得意じゃないから、あんまし美味くねぇんだよ…」と大きなため息をつき、俺の弁当をじっと見つめる。


「やんねぇぞ?」


「一口! 一口でいいから!!」


「いやだ。 自分の食ってろよ」


そう言いながら弁当を抱えていると、休憩室のドアがノックされ、苦い顔をした美香が休憩室に入ってきた。


美香は言いにくそうに「社長、お父さんが代わってくれって…」と言い、携帯を差し出してくる。


急いで電話に出ると、美香のお父さんは「今日、飲みに行こう」と切り出してきた。


時間と場所を決めた後、電話を切り、美香に手渡しながら「今日、晩飯いいや。 お父さんと飲んで帰る」と伝えると、美香は「あんまり遅くならないようにね」とだけ言い、休憩室を後にしていた。


『なんか今のすごく良い…』


そう思いながらふと見ると、ユウゴは俺の弁当を食べている。


「おま… 何してんだよ!」


「こっちのほうがうめぇ…」


「ふざけ! 返せっつーの!」


ユウゴと弁当の取り合いをしていたんだけど、ユウゴは勢いよく弁当をかき込んでしまい、結局、ユウゴのカップ麺を食べる羽目になってしまった。



定時後、美香のお父さんとの待ち合わせ場所である居酒屋に行くと、美香のお父さんは作業着のまま、カウンターで飲んでいた。


挨拶をしながら隣に座り、しばらく話しながら飲んでいると、美香のお父さんはポケットから役所の封筒を取り出し、「美香に渡してもらえるか?」と切り出してきた。


了承を得た後、中を確認すると、そこには美香の戸籍謄本と婚姻届が入っていて、婚姻届けの証人欄には、お父さんの名前が書いてあり、印鑑までもが押してあった。


「あの仕事バカ、こうでもしないと踏ん切りつかないだろ? こういう事は勢いも大事だから。 末永くよろしくな」


お父さんはそう言いながら、優しい笑顔で微笑んでくる。


「ありがとうございます!!」


そう言いながら頭を下げると、お父さんは俺の肩をポンポンと叩き「証人欄、もう一つはそっちの親戚に頼んでな」と切り出し、少し寂しそうに酒を飲んでいた。



お父さんを駅まで見送った後、急いでマンションに帰り、美香に封筒を手渡すと、美香は苦い顔をするばかり。


「もう一つの証人欄は、じいちゃんに頼もうと思ってるんだよね。 ほら、俺、親父居ないし、母親も血の繋がりがないからさ。 週末、じいちゃんの所に行って書いてもらおう」


「1期終わるまで待ってって言ってるのに…」


「親父さん、勢いが大事だって言ってたよ? 浮気なんか絶対にしない… っていうか出来ないし、泣かせるようなことはしないから。 結婚してください」


改めてそう言い切ると、美香はうつむいた後、ゆっくりと顔を上げ、大粒の涙を零していた。


「…今泣いてるのはカウントされる?」


「それは… カウントしないで」


「わかった。 予定がずれ込んだら、1期もいつ終わるかわかんないもんね。 こちらこそ、お願いします」


そう言いながら唇を重ね、抱き合い続けていた。



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