第176話 0%

ユウゴとケイスケの話を羨ましく思っていると、美香が部屋に入り「お仕事です」と声をかけてきた。


ユウゴは美香に連れられるように隣の部屋に行き、俺はケイスケと二人並んで作業をしていた。


しばらく作業を続けた後、資料室に行き、調べ物をしていると、ノックの後に扉が開き、美香が「お疲れ様です~」と言いながらファイルを取り出し、調べ物を始めていた。


「美香、この前来た新規依頼なんだけどさぁ~~」


そのまま仕事の話をしていると、いきなり扉が開き、雪絵が不機嫌そうに中に入り、ファイルをその辺に置いて行ってしまった。


美香はそれを見て「これは査定に響きますねぇ」と言いながら、ファイルを元の場所へ戻す。


「あ、そっか。 ボーナスの査定期間か」


「そうですよ。 社長も厳しく評価させていただきますからね」


「激甘でよろしくな」


美香は笑顔で「激辛の間違いでしょ?」と言った後、仕事の話を再開し、部屋に戻って行ってしまった。



自分のデスクに戻り、作業を再開させていたんだけど、ついつい隣にいるケイスケに対して「美香」と呼んでしまい、ケイスケからはその度に「違う」と言われる始末。


「癖だな」と言いながら苦笑いを浮かべると、ケイスケは「やっぱり隣行ったほうがいいんじゃない? 向こうでも作業できるし、美香ちゃんが隣のほうが相談しやすいっしょ?」と聞いてきた。


「でもさぁ… あれがいるし…」


「ああ。 あれ以来何も言われてないんだろ?」


「いや? やり直してあげるって言われてるよ?」


「なんで上から目線なん?」


「知らね。 美香と同棲してるって知ってるはずなのにな?」


「連絡とか来てる?」


「いや、着てないよ。 あいつのことだから消してんじゃねぇの? 着たら拒否るけどな。 美香の事、怒らせたくないし」


「…結婚すれば?」


「美香がまだ早いってさ。 アニメ化の件を完遂させるまで待てって」


「なるほどね。 ってことは0%って事ではないんだ」


「両親にも挨拶したし、俺的には早くしたいんだけどなぁ…」


そう言った後も作業を続け、ファイルを交換しに資料室へ行くと、雪絵がファイルをもって資料室に入ってきた。


じんわりと鳥肌が立つのを感じつつも、急いで資料室を出ようとすると、雪絵が俺の前に立ちふさがり「頭下げなさいよ」と、上から目線で言ってきた。


「は? 何で?」


「やり直してあげるって言ってるでしょ? お願いしますって頭下げるのが筋じゃないの?」


「ふざけんな。 俺はやり直す気なんか無い」


「遊びなんでしょ? 許してあげるって言ってるんだから、本命に戻るべきなんじゃないの?」


「美香が本命だし、お互いの親にも会ってる」


「別れるのに会ったんだ?」


「絶対別れない。 可能性は0。 つーかお前まじウザい」


雪絵は俺の言葉を聞いた途端、俺の左頬を振りぬき、パーンと言う高い音が鳴り響いた。


「遊ばれてるくせに… あの女、男と仲良く帰ってたわよ? 二股かけた後にかけられるって自業自得よね」


そう言い切る雪絵を尻目に、まっすぐに美香のもとへ行き、「ちょっと」とだけ言うと、美香の腕を掴んで休憩室へ。


休憩室に入るなり、美香を抱きしめると、美香は驚いた声を上げていた。


「ちょ、どうしたの?」


「浮気してないよな?」


「はぇ? 何の話?」


「今、雪絵が… 男と歩いてるところ見たって」


美香は呆れたようにため息をついた後、はっきりと言い切っていた。


「それって浩平君の事なんじゃないの? ほら、この前会ったって話したじゃん。 改札までしつこくついて来たから、その時じゃないかな? それ以外には大地君以外覚えがないよ」


「あ …そういや聞いたな」


「社長? もっと冷静になって、自信持ってくださいよ?」


美香はそう言いながら、叩かれた場所を手で撫でた後、耳元で「ちゃんとしないと、しばらくお預けだからね」と囁いてきた。


「え? 無理」


「じゃあ冷静になって、自信もってください。 そうじゃないと、パパになれませんよ?」


にっこりと笑いかけながらそう言ってくる美香に、胸の奥を締め付けられていた。


『冷静になって自信持てか… 昔っから美香の事になると余裕がなくなるもんなぁ… パパになれないって事は、0%じゃないってことだよな? さっさとアニメ化終わらせて、入籍して、子どもほしいなぁ…』


そう思いながら作業場に戻り、作業を続けていた。

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