第170話 信頼

親会社で作業をし始めた数週間後の週末。


1日の作業を終え、後片付けをしていると、ユウゴが「飲みに行こうぜ」と切り出してきた。


ふと美香を見ると、美香は笑顔で「いってらっしゃい」と言ってくれたんだけど、ユウゴは「お前もだよ」と言いながら、美香の頭をペシッっと叩いた。


「なんで? 私はいいよ」


「あゆみも誘って来いよ」


美香とユウゴは『行く』『行かない』で軽く言い合いをはじめていたんだけど、誰も声をかけない雪絵の刺すような視線が痛い…


ユウゴは雪絵が入社した当時、毎日のように大揉めをしていたし、ケイスケもちょこちょこ揉めているし、俺が声をかける訳がない。


すると雪絵は誘われるのを待つかのように、じっとデスクに座ったままでいたんだけど、誰も声をかけないまま、俺たちは倉庫を後にしていた。



週末、美香をなんとか説得して指輪を買いに行ったんだけど、あれだけ「贅沢品だ」と騒いでいた美香は、購入したペアのシルバーリングを左手の薬指に嵌めてみると、しばらくの間、嬉しそうに眺めていた。



翌週、指輪をはめて、出社したんだけど、誰も何も言わず。


そのまま普段通りに作業をしていると、美香が兄貴に呼ばれたんだけど、突然兄貴が倉庫に現れ、兄貴の後ろにいた美香は苦い顔をしていた。


『なんかミスったか?』


そう思いながら手を止めると、兄貴は「大地、サンライズの案件、チェックしたか?」と切り出した。


サンライズの担当者は美香なんだけど、美香はずっと兄貴のところに居て作業ができなかったし、俺も動画自体をチェックしてない。


「いや、してないよ。 完了報告も受けてない」


そう言い切ると、雪絵が「サンライズは美香じゃなかった?」と、小声で話し始めていた。


「園田さん、早急に作り直してくれ」


「承知いたしました」


「大地、これから石崎さんが謝罪に行くから、一緒に行ってくれ」


「わかった」


兄貴はそれだけ言うと、すぐに倉庫を後にし、美香は大急ぎで作業を始めていた。


石崎さんと二人で車に乗り込み、話しながら車に揺られ、サンライズ担当者の前では平謝り。


「担当者、園田さんだよね? あの動画、園田さんが作った物じゃないでしょ? 別料金払ってるのに、違う人間に作らせるってどういう事?」


そう言われてしまい、ただただ頭を下げることしかできずにいると、別の社員が応接室に入り、担当者は席を離れていた。


『かなりまずいな…』


そう思いながら担当者を待っていると、担当者はすぐに現れ「ごめんごめん。 いやぁ園田さん、忙しそうだね。 間違えて構成の段階で送ったんだって? 今、完成品が来たよ。 あんな風に構成を作ってから完成させてるんだね。 パソコンの調子が悪くて、別のパソコン使ったって言ってたけど、もう治ったみたいだし、今後、このような事がないように、ちゃんとチェックしてくださいね」と、さっきとは正反対の、満足そうな態度をしていた。


その後、少しだけ話をした後、俺と石崎さんはその場を後にしていた。



石崎さんは車を運転しながら「今の担当者、美香ちゃんがお気に入りなんだよ。 何度か二人で打ち合わせ行ったんだけど、偉く気に入ったみたいで、信頼されてるんだよね。 美香様様だな」と言い、笑いかけてきていた。


親会社に戻り、まっすぐに兄貴の元へ行くと、兄貴は美香と話している最中だった。


石崎さんが報告をすると、兄貴はしばらく黙った後「園田さん、やっぱりこっちに戻らないか?」と切り出した。


が、美香は「ダメです。 どうしても戻れと仰るようであれば、3回目提出させていただきますよ?」と笑顔で言い、兄貴は小さく笑っていた。


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