第169話 新たな生活
美香がマンションに戻った後、自然と二人で暮らすようになったんだけど、美香は多くを求めないと言うか、節約家と言うか…
『贅沢は敵』と言わんばかりに、動きまくる。
俺はワイシャツ1枚でも、クリーニングに出していたんだけど、美香は自分で洗濯をし、アイロンがけまでもをしっかりしている。
「クリーニング出したらいいじゃん」と言ったんだけど、「もったいないでしょ?」と言い、忙しなく動き続けるばかり。
少しでも楽をさせてあげたくて、食洗器を買ったんだけど、美香は「贅沢品だ」と、顔を引きつらせていた。
でも、使っているうちに、その便利さに感動したようで、嬉しそうな表情に変わっていた。
休みの日に「どっか行こうぜ」と誘ったんだけど、「今日は掃除したい」とか「料理を作り置きしたい」と言うばかりで、なかなか出かけようとはしなかった。
「映画見に行こう」と誘ったときは、そのタイトルとあらすじを見てしばらく考え、「これなら行く」という感じなんだけど、基本的に外に出るのは食品や、日用雑貨を買いに行く程度。
生活費は余裕のある金額を渡しているのに、買い物ですら必要最小限に止めているようだった。
『もう少し楽したらいいのに… そう言えば、兄貴が元嫁の不倫に気づいたときって、金がないって騒ぎ始めたとかなんとか言ってたよな…』
そう思うと、どんどん不安が大きくなっていき、気が気じゃなくなってしまう…
ある日の夕食後、思い切って「そんなに生活費きつい?」と切り出してみると、美香は「全然。 貯金もできてるよ」と平然と答えていた。
「じゃあなんでクリーニングすら出し渋ってんの?」
「うーん。 習慣かなぁ? 私、18から一人暮らしし始めて、かなり生活がきつかったんだよね。 だから全部自分でやってたの」
「…他に男がいて貢いでるとか?」
「そんな訳ないじゃん。 会社でもずっと隣に居るんだよ? そんな素振り見せたことある?」
「そういやそうだな… なんかごめん」
「ううん。 光輝社長の件もあるし、不安に思うのは仕方ないよ。 私には大地君だけだから。 これだけは覚えておいて」
そう言いながらにっこりと微笑む美香に、ギュッと胸の奥を締め付けられていた。
「なぁ、結婚しない?」
「まだ早い」
美香はそう言うと、すっと立ち上がり、逃げるように浴室に向かってしまった。
週末に、以前シュウジと行った桜祭りがあったんだけど、あいにくの雨で中止に。
シュウジをマンションに連れてきたんだけど、シュウジは美香と会えたことが嬉しかったようで、二人で楽しそうにお菓子作りをしていた。
シュウジをマンションに泊めたのは良いんだけど、シュウジは美香と風呂に入ってしまい、『俺ですらまだなのに…』と、妙な嫉妬心が大きくなっていた。
その数週間後、事務所の建て替え工事が始まり、親会社の1階倉庫に荷物を移動させ、そこで仕事をするようになったんだけど、雪絵と毎日同じ部屋で作業をせざるを得ない状況に、かなり息が詰まりそうになっていた。
時々、刺すような視線を感じ、鳥肌が立ちそうになっていたんだけど、そういう時に限って美香が兄貴に呼ばれて隣に居ない。
『もう無理』
限界が近づくとともに、資料棚の向こう側に行き、雪絵の視線から逃げ出した。
けど、雪絵は俺の後を追うように、俺の元に来て「やり直す話、どうすんのよ」と…
「は? 何言ってんの?」
「あの鳥肌、わざと立てたんでしょ?」
「んなことできねぇよ」
ため息交じりにそう言った後、自分のデスクに戻っていた。
険悪な空気のまま1日の作業を終え、マンションに帰ると、美香が食事を作って待っててくれた。
すぐに美香を抱きしめ「ただいま」と言うと、美香は「おかえり」と言った後、優しくキスしてくれる。
それだけで、1日の疲れが吹き飛び、嫌なことを忘れさせてくれていた。
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