第163話 立場
兄貴とは口も聞かないまま、実家に泊まり、翌朝事務所に戻っていた。
忙しさは変わらずで、毎日事務所に泊まり込んで作業をする始末。
結局、シュウジの言っていた『秘密の友達』も、誰のことを言っているのかもわからないまま、ただただ忙しい日々を過ごしていた。
年末年始の休みを翌日に控えても、作業量が減ることはなく、かなりピリピリとした空気の中、黙々と作業を続けていた。
年末年始はじいちゃんと実家に行き、シュウジの遊び相手をしただけで、その日以外はずっと作業をし続けていた。
年が明け、2月も終わりを迎えそうになったある日のこと。
新聞では【サンライズ、白鳳を買収】の文字が取り沙汰されていた。
『やっと終わったんだ… 思ったよりも長かったな…』
そう思いながら作業を続けていると、夕方前に応接室のドアがノックされ、あゆみが「社長、お電話です」と声をかけに来た。
すぐに移動し、ユウゴのデスクにあった電話に出ると、親父の代から取引が続いていた企業からクレーム。
「今までは修正依頼なんて出したことないけど、最近多いねぇ。 担当者、変えてもらえないかな?」と言われてしまい、平謝りをしていたんだけど、電話を切った後、フツフツと怒りが込み上げきて、その場で雪絵に切り出した。
「担当者変えろってクレーム。 勝手に作業するのは構わないけど、勝手に納品するんじゃねぇよ」
「はぁ? 前のところはこうしてたんだけど!」
「潰れた会社と一緒にしてんじゃねぇよ! んなことしてるから潰れんだろうが!!」
「二股男に偉そうなこと言われたくない!」
「二股なんかかけてねぇよ! だいたい、お前が強引に付き合うとか言ってきたんだろ!? てめぇなんて端から興味ねぇんだよ!!」
そう怒鳴りつけると、突然背後からポカっという軽い衝撃が頭に響いた。
大して痛くもないのに「痛っ」と言いながら振り返ると、そこには呆れた様子の美香が立っていた。
美香は長いストレートヘアではなく、毛先を遊ばせるようにパーマをかけていたんだけど、綺麗な髪は相変わらず。
美香は呆れた顔をしながら、長い丸筒で自分の肩を軽く叩き、足元にケーキ屋の箱を置くと、小さくため息をついていた。
「み… 美香?」
絞り出すように声を出すと、美香は丸筒を俺に差し出し、いきなり切り出してきた。
「4月2日より、こちらの事務所の建て替え工事が決まりました。 工事前日までに荷物を親会社1階倉庫へ運び出してください。 工事が開始しましたら、全員、親会社で作業をすることとなりますので、各自、定期代を調べてください。 これ図面ね」
差し出されたままの丸筒を受け取ると、美香はカバンから茶封筒を取り出し、今度は書類を俺に差し出してきた。
「それと、先週送られてきた領収書、648円合いませんでしたので、定時までに調べてください。 多分、ボードマーカー3本セットの領収書が不足してるのかと思います」
美香はそう言いながら書類を手渡してきたんだけど、呆然としながら受け取るだけ。
「あと、来月から、親会社よりクリエーター兼、監視員として、御社に派遣されることになりました園田美香です。 とりあえず、期間は2年と言うことですので、よろしくお願いします。 これ辞令ね」
美香はそう言いながら封筒ごと書類を手渡すと「監視員として派遣されたってことは、大地社長も監視対象になります。 ってことでよろしく」と言った後、ケーキの箱を持って歩き始めた。
美香は歩きながらあゆみに「あゆちゃん、これ、後で食べて」と言い、ケーキの箱を見せた後、休憩室に向かってしまった。
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