第164話 訝しい

訳も分からないまま、いきなり大量の書類を手渡され、休憩室に向かう綺麗な髪を眺めていた。


ハッと我に返り、慌てて休憩室に行くと、美香はロッカーの中身を確認するかのように、片っ端から開け閉めしていた。


「なぁ、どういうこと?」


「ん? それより私のひざ掛け知らない?」


「ああ… 俺のデスクにある」


「そ。 んじゃいいや」


「よくねぇよ。 どういうことだって。 辞めたんじゃねぇの?」


「辞めたよ。 辞めて、親会社に入社したの。 光輝社長の提案。 白百合に共同経営持ちかけられてたじゃない? 退職願出した後も毎日来てたし、かなりしつこかったんだよね。 『会社の規模が小さいから、簡単に買収できるって思われてるんだろうけど、親会社ともなると、そう簡単に買収できないから、移籍してくれないか?』って言われたの。 ほら、予約システムがバグったときあったじゃない? その時に提案されて、受け入れたのよ。 『落ち着いたら戻す』って条件でね。 部署は決めないで、フリーで動き回ってたんだ。 って聞いてないの?」


「何も…」


「おかしいなぁ… ちゃんと話してくれって頼んだのに…」


「電話は? なんで電話番号変えたんだよ?」


「白百合と白鳳の従業員から、毎日鬼電くるんだよ? 電源入れたら鳴りっぱなしで、充電がすぐ切れちゃうの。 一時期2台持ちしてたんだけど、あまりにもしつこくてムカついて解約しちゃった。 50人近くからかかってきたのかな? 下手したらもっと」


「なんで教えてくれなかったん?」


「浩平君に知られたら嫌だから。 あの人、携帯の液晶見ただけで暗証番号がわかるみたい。 ほら、暗証番号ってよくタップするじゃん? 指紋が残ってたり、微妙にくぼんでたりするんだって。 明日香の番号も、アキラくんの携帯を勝手に盗み見て知ったみたい。 大地社長の携帯、隙があったら見てたらしいよ? ジャケットに入れっぱなしにしてたでしょ? こっそり抜き取って、こっそり戻してたんだって。 『碌な情報がない』って佐山さんに泣きついてたよ? 天性の犯罪者だよね…。 あ! またマンション貸してくれる? 親会社は実家のほうが近いけど、こっちだとマンションのほうが近いからさ」


「それは別にいいけど…」


「んじゃ、鍵、このまま持ってるね」


美香はそういうと、事務所に向かおうとしてしまう。


慌てて美香の腕をつかみ「俺もそっちに住みたい」と言うと、美香は「そっか。 工事始まったら家無くなるもんね。 その時までには、どうするか決めるね」と言い、笑いかけてきた。


言いたいことはいろいろとあったはずなのに…


言いたいことはたくさんあるのに…


うまく言葉にできず、腕を掴むことしかできなかった。


美香はクスっと笑った後「仕事はいいの? もうすぐ定時だから、残業になっちゃうよ?」と切り出してきた。


その言葉に力なく手を離すと、美香は俺の肩に手を乗せた後、背伸びをし、耳元で「後でマンション来て。 話したいことがあるから」と囁いてきた。


思わず美香の顔を見ると、美香はにっこりと笑った後、そのまま休憩室を後にしていた。


訳も分からないまま、休憩室を後にすると、美香はユウゴに仕事の話を切り出していた。


「OK。 んじゃそれで申請しちゃうね。 あれ? そう言えば一人いない」


「応接室にいるよ」


ユウゴがそう言うと、美香は応接室に向かってしまった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る