第162話 足跡

雪絵が俺にキレて以来、険悪な空気が漂う中、数日が過ぎていた。


クリスマス数日前になると、記録的な大雪が降ってしまい、辺り一面を銀世界へと変えていた。


イブの夜、仕事を終え、久しぶりにマンションへ帰ろうとすると、日付が0時をとっくに過ぎていた。


『イブ、過ぎちゃったか…』


真っ白な雪の上に足跡を残しながらマンションに帰ると、真っ暗な中から空腹を刺激するいい匂いがかすかに漂っていた。


慌ててキッチンに駆け込んだんだけど、そこには人の気配がなく、いい匂いが漂ってくるだけ。


電気をつけ、キッチンを見ると、ガス台に鍋が置いてあり、ふたを開けてみると、ホワイトシチューが作られていた。


『美香だ!!』


マンション中を探しても、美香の姿はどこにもなく、冷めかけたシチューが置かれているだけ。


『帰った後か…』


がっかりと肩を落としながらシャワーを浴び、冷蔵庫を開けると、イチゴの乗った手作りのカップケーキが置かれていた。


『ちょこちょこ足跡だけ残してないで、なんか言ってから帰れよな…』


そう思いながら缶ビールを手に取り、シチューを食べた後、カップケーキを口に運ぶ。


口の中にカップケーキを入れた途端、会いたい気持ちが膨れ上がってしまい、寂しさだけが募っていた。



クリスマスの翌日、やっとの思いで休みを迎え、プレゼントを持ってシュウジのもとへ。


マンションの横に車を停めようとしたんだけど、いつも車を停めているど真ん中に、大きな雪だるまが作られていて、車を停めることが出来なかった。


仕方なく、近くのパーキングに車を停めた後、実家に行くと、シュウジは満面の笑顔で「ゆきだるまみた!?」と聞いてきた。


「ああ。 あんなところに作ったら邪魔だろ?」


「すごいでしょ!! ヒミツのおともだちとつくったんだ!!」


「ヒミツのお友達? 誰だそれ?」


「ヒミツだよ! ふたりでがんばってつくったんだ!」


「だから誰だって聞いてんだろ!!」


そう言いながらシュウジの脇腹をくすぐると、シュウジは大声をあげて笑い、叫び始めていた。


玄関先でシュウジと遊んでいると、親父の奥さんは呆れたように「ご飯できたわよ」と声をかけてきたんだけど、ダイニングに行くと兄貴が新聞を読んでいた。


少し緊張感のある食事をしていると、兄貴が仕事の話を切り出してきた。


「外注、切り上げられそうにないか?」


「無理だ。 もう一人か二人いないとまわんない」


「一人入っただろ?」


「正直、あいつは使えないし、チェック前に納品するから、クレームが来まくってる。 現状、アニメの話が凍結されてるし、俺とユウゴとケイスケが2階で寝泊まりしてるから、辛うじて何とかなってるけど限界が近い」


兄貴は「そうか…」と、呟くように言うだけ。


その言葉にカチンと来てしまい「そうかじゃねぇだろ?」と言ってしまった。


「そうかって、それだけで済む話じゃねぇだろ!? だいたい、美香が急にいなくなったのだって、兄貴の元嫁が原因だろ!? あいつが無関係の俺にいきなり責任とれって怒鳴りつけてきたからだろ!? 美香がそれを見て、俺の子どもだって勘違いしたんだろ!? 俺は美香がいないと無理なんだよ!! 今すぐ返せよ!!」


思わずテーブルを叩きながら立ち上がり、兄貴に怒鳴りつけると、シュウジが泣きながら抱きつき「にいちゃん、やめて! ケンカしないで!!」と叫ぶように言ってきた。


「あ、悪い…」


ため息をつきながら椅子に座り、シュウジの頭を撫でていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る