第128話 人間味

美香を抱きしめたまま眠りに落ち、しばらくすると腕を動かされていることに気が付いた。


ゆっくりと目を開けると、背を向けた美香の上に俺の腕が乗っていたんだけど、美香は俺の腕を動かした後、ため息をつくように大きく息をつき、寝息を立てている。


再度、同じ場所に腕を移動させると、すぐに腕を退かされてしまう。


同じ行動を何度か繰り返していると、美香は寝返りを打ち、俺と目が合うと同時に、小さく体を跳ね上がらせた。


『びっくりしてる… すげぇかわいい…』


そう思いながら布団を頭まで被り、美香の唇に唇を重ねていた。


唇を離した後、美香は布団からすり抜け、リビングへ逃げ出した。


ゆっくりと体を起こし、辺りを見回すと、みんなはまだ寝息を立てている。


美香の後を追いかけ、洗面所に行くと、美香は顔を洗っていた。


「逃げたろ?」と言った後、隣で顔を洗っていると、美香は不貞腐れたように「びっくりしたんですもん」と言いながら、タオルを差し出してくれた。


「俺もビビった。 爆睡してたら上に乗って来るからさ。 中ならわかるけど、上だぜ?」


「すいません。 目が開いてなくてわかんなかったです」


美香は申し訳なさそうに言ってきたんだけど、マジマジとすっぴんの美香を見ると、昔と大して変わりなく、あの頃よりもやせたせいか、少しだけ大人びた印象を受けるだけ。


「変わんないな… あの頃と…」


そう言いながら美香の頬に触れると、リビングの方から足音が聞こえ、慌てて手を離した。


ヒデさんは洗面所に来るなり「昨日の作業、どこまで進んだ?」と聞き、美香が進行状況を伝える。


するとヒデさんは「思ったんだけどさ、俺が指示出したら前期と変わらないよな?」と言いながら笑い、数時間後には仕上げ作業に取り掛かっていた。



夕方にはすべての作業を終え、簡単な完成披露会をすると、どこからともなく拍手と歓声が上がっていた。


USBを原作者の先生にプレゼントした後、テラスで打ち上げ兼バーベキューが行われることになったんだけど、食べ始めて数分も経たないうちに、ヒデさんに呼ばれ、みんなとは少し離れた場所へ。


ヒデさんの横にあった椅子に座るなり、ヒデさんは「どう? あれだけ拒否ったプロジェクトは?」と、嫌みっぽく聞いてきた。


「楽しいですよ。 美香が喧嘩吹っ掛けてきた意味がやっと分かりました。 イメージとはだいぶ違いますけどね」


「イメージ?」


「はい。 白百合のブログ見たんですよ。 高そうなお菓子とか弁当が山積みになってる写真見たんです」


「ああ。 あれね。 全部空箱だよ。 もし、本当に差し入れで貰ったとしたら、中身を写すだろ? それをしないってことは空箱。 山根と同じで中身スカスカなんだよ」


「そうなんすね… 俺、完全に騙されてましたよ。 うちの会社以外知らないから、それが普通だって思ってました」


「知らない人はそう思うだろうね。 元白鳳の人間から言わせると、今の白鳳は異常だよ。 普通なら白百合なんて子会社を山根に任せないし、あのアニメ制作だって端から炎上させることしか考えてないしな。 ここにいる人間だけじゃなくて、退社してる元制作部の人にも声かけまくって、既に使い捨ててるって話だしね。 ここにいるみんなは白鳳に圧力かけられて仕事がない状態だし、そっちに手が回るのも時間の問題だよ」


「そうだったんですね… でも、うちは兄貴の判断に任せる事しか出来ないんで…」


「光輝社長次第か… ま、あの人は損得だけで動く人じゃないし、将来を見据えて冷静に判断できるんじゃないかな?」


「ご存じなんですか?」


「何年か前まで、外注で仕事引き受けてたよ。 その時に何度か会ったけど、堅物って言うか、何事にも沈着冷静で、弟と正反対だよな」


「…俺、出涸らしっすから」


「俺はそう思わないけどな。 言葉より行動に出るタイプだろ? そっちの方が情熱的で人間味があって面白いと思うよ。 それより白百合の件、光輝社長の耳に入れておいて。 いきなり来られるよりは、事前に聞いておいたほうが、いろいろと準備できるだろ?」


その後もいろいろと話していたんだけど、ヒデさんは俺のことを『買い被ってるんじゃないか?』ってくらい、べた褒めしてきた。


『情熱的で人間味があるかぁ… はじめて言われたな…』


そう思いながら、二人で話し続けていた。

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