第102話 幸福

しばらく3人で話した後、時計を見ると0時を過ぎたところだった。


ふと美香との約束を思い出し、ユウゴに「鍵頼めるか? 美香のところ行ってくる」と言うと、ユウゴは「今から? 寝てるんじゃね?」と声を上げていた。


「約束してんだよ。 もしかしたら、起きて待ってるかもしれない」と言うと、ケイスケは「ああ、美香ちゃんだったら待ってるかもね…」と、納得したような声を上げていた。


事務所を飛び出し、急いで美香のいるマンションに向かい、家のドアを開けると、通路の向こうにあるドアから、光が差し込んでいた。


『起きてる? マジか…』


慌ててリビングにつながるドアを開けると、美香はソファで静かに寝息を立てていた。


テーブルの上には、ラップのかけられた2つの皿にはパイが置いてあり、それを見ただけで寂しさが込み上げてきた。


「美香?」と、何度も声をかけながら髪を撫でると、美香は薄目を開け「おかえりなさい」と言いながら、眠そうに目を擦っていた。


「ごめん。 すげー遅くなった」と言うと、美香は「いえ… 寝ちゃっててすいません…」と眠そうな顔で微笑んでくる。


「風邪ひくからベッドで寝な」と言うと、美香は「ううん。 大丈夫です」と、眠そうに言うだけ。


化粧をしていない美香は、ずっと追い求めていた記憶の中よりも、少し大人びていて、眠そうな表情の中にも、あどけなさが残っていた。


その表情があまりにも愛おしすぎて、美香を抱きしめながら「シャワー浴びてくるから、ベッドで待ってて」と言うと、美香は黙ってうなずき、寝室へ向かっていた。


急いでシャワーを浴び、寝室に行くと、美香はベッドの上で気持ちよさそうに寝息を立てていた。


『ま、いっか』


そう思いながら美香の隣に潜り込み、おでこに軽くキスした後、ゆっくりと目をつむった。


『なんか信じらんねぇな… 美香の隣で寝るって、昔だったら考えられないよな…』


そう思いながら美香の手を握り、静かに眠りに落ちていた。



翌朝。


遠くから美香の声が聞こえ、ゆっくりと目を開けると、化粧をした美香が「おはようございます」と笑顔で声をかけてきた。


「あれ? 今何時?」と聞くと、「7時半過ぎです。 遅刻しちゃいますよ」と言いながら、にっこりと笑ってくる。


『朝から癒される…』


そう思っていると、美香は「朝食出来てますので、早く起きてくださいね」と言い、リビングに向かおうとしていた。


「あれ? 今日土曜じゃない?」と聞くと、美香は振り返り「金曜ですよ? 今日はお仕事の日です」と言い、リビングへ行ってしまう。


『やべぇ… 完全に日付の感覚がない…』


そう思いながらリビングに行くと、テーブルの上にはハムエッグとトースト、更には小さな器に入ったサラダが準備されていた。


『ヤバすぎるんだけど… なにこの幸せ空間…』


そう思いながら、顔を洗い、リビングに戻ると、美香がコーヒーを入れてくれてた。


思わず「最高すぎるんだけど…」と言葉にしてしまうと、美香は「最高にヤバい時間ですよ? 帰って着替えなきゃいけないんですよね? もうすぐ8時ですよ?」と言ってきた。


「マジか! ヤバいじゃん!! もっと早く起こしてくれればいいのに…」と言いながら慌てて冷め切った朝食を食べていると、美香は「6時から30分おきに起こしてましたよ? 『起きる』って言った後、気が付いたら寝てるんだもん。 朝食も『すぐ食べる』っていうから作ったのに、全然起きてこないし」と言いながら笑いかけてくる。


「あ、昨日置いてあったパイ、何かに入れてくれる? 向こう戻ったら食うよ」


「え? 時間経ってるから危ないかもしれないですよ?」


「大丈夫だよ。 ユウゴに毒見させてから食うから」


美香は不安そうに、2つの皿の中身を別々の紙袋に詰め始め「おなか壊しても知らないですよ?」と言ってくる。


「大丈夫だよ」と言うと、美香は少し照れたように笑いかけてきた。


そんなひと時に幸せを噛み締めつつも、朝食を食べた後、ドアを開ける直前、美香にそっとキスをし、急いで自宅に戻っていた。

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