第93話 根負け

浩平を呼び出し、応接室に移動した後、すぐに浩平に切り出した。


「これなんだよ?」


そう言いながら、預かった資料を見せると、浩平は悪びれもなく「仕事。 3日以内に全部な?」と言うだけ。


「どこから取ってきた?」と聞いても何も答えず、「どういう伝手を使った?」と聞いても黙ったまま。


完全に呆れ返ってしまい「これは仕事として認められない」と言い、資料を浩平に返すと、浩平は「はぁ? 仕事には変わりねぇだろ?」と大声を出し始めた。


「お前さ、この金額で経営が成り立つって思ってんの? なんだよこの100円って… バカにしてんの?」


「稼ぐことには変わりねぇだろ?」


「うちはこの仕事を引き受けない。 あと、そのアカウント今すぐ消せ」


浩平が「サイトなんか使ってねぇよ」と言い切ると、ケイスケが「ここだろ?」と言いながら画面を見せる。


浩平は真っ青な顔をし、「ち、違うって… これはたまたまだろ? な、なに言ってんだよ…」と、かなり動揺していた。


「それとお前、個人的に社用車乗り回してるよな? お前は知らないかもしれないけど、業務上横領になるからな? 一昨日、弁護士のところに行ったんだけど、どうする? 俺が決めたほうがいいか? それとも自分で決めるか?」


そう切り出すと、浩平は青ざめた顔をしたまま黙り込み、時間だけが過ぎていった。


しばらくすると、事務所のドアが閉まる音がしたんだけど、浩平は黙ったまま。


10分以上も黙り込まれ、苛立ちながら「どうすんだって?」と聞くと、浩平は「…じゃあ、アカウントは消すし、車のカギも返すよ」と言うだけ。


「そんなことを言ってんじゃないだろ?」と言うと、浩平は「ガソリン代も給料から引いていい! それで問題ないだろ?」と言ってきた。


「そうじゃねぇだろ? 進退について聞いてんだよ」


「そ、それはまだ保留にしとく」


「は? なんでお前が決めてんの?」


「だってさ、母親が倒れたばっかりなんだぜ? そんなこと言われても困るだろ?」


思わずユウゴと顔を見合わせると、ユウゴが「じゃあこうするか。 次なんかしたら問答無用で懲戒解雇。 バイトでも懲戒はあるからな? 懲戒になったら、転職は不可能って思ったほうがいいぞ? それくらいヤバイことだからな?」と切り出す。


すると浩平は「は? そんなやばいことしてないだろ? ふざけんな!」と怒鳴りつけ、再度『業務上横領』の話に戻ってしまった。


3人で何度も同じことを繰り返し話し、何度も同じ説明を繰り返していた。


『腹減った…』


そう思っても、浩平はごねるばかりで話にならず、ちらっと時計を見ると21時を過ぎていた。


『4時間以上同じ話ばっかりって… ホント勘弁してくれよ…』


かなり疲れ果てながら「これ以上ごねるならこの場で懲戒解雇にする。 今、この場であのアカウントを消すんであれば、処分保留にしてやる」と言うと、浩平は目の前でアカウントを削除し見せてきた。


「な? 消したからこれでいいだろ? これもやらなくていいから! ってことで、母親の所に行くから!」と言い、応接室を後にしていた。


ケイスケは項垂れながら「完全に浩平の粘り勝ちだな… ボイレコ持っててよかった…」と言い、ポケットからボイスレコーダーを出してきた。


「ケイスケ、ホント天才」と言いながら立ち上がり、3人で事務所に戻ると、美香がデスクに座っていた。


ケイスケが「あれ? 美香ちゃんまだいたの?」と言うと、美香は「かおりさんの案件で確認したいところがありまして…」と、言いにくそうに言ってくる。


「悪い、ちょっと待って」と言った後、自分のデスクについた後、背もたれにもたれかかり、大きく息を吐いた。

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