第68話 証拠

忙しい日々を過ごしつつも、美香に癒され、あっという間に年末を迎えていた。


それと同時に、あゆみの母親が酔って転んだ際、頭部を強く打ち付けてしまい、それがきっかけで若年性認知症を患ってしまったという話を、ユウゴから聞かされた。


あゆみは「さっさとくたばっちまえばいいのに…」と言っていたが、親の介護を真剣にしているようだった。


ただ、幻覚や妄想や不安、体の自由が利かないために苛立ってしまうと、あゆみに当たり散らしてしまうようで、体の傷が絶えなくなってしまい、あゆみは週2勤務に変わっていた。


元々、あゆみのことを嫌っていた浩平は、あゆみがいないときに「嘘なんじゃね? あれに介護できるの?」と言っていた。


けど、ケイスケが苛立ったように「俺、病院の前で車いすを押している姿を見たよ」と反論。


浩平はその言葉にも疑いの目を向けているようで「似てるヤツなんじゃね?」と食って掛かっていた。


ケイスケは「話しかけたし本物だった」と反論していたんだけど、浩平はそれでも食い下がらず、「嘘つくな」とか「騙されてる」とか、酷い言いようだった。


呆れながら「もうその辺にしとけよ」と言うと、浩平は「外回りしてくる」と言い、扉を乱暴に開けて出て行ってしまった。


『どこに行くんだか…』と思いながらため息をつき、自分の作業を進めていた。



その日以降、浩平とケイスケはかなり険悪になってしまい、事務所内の空気がギスギスするように。


というのも、ユウゴと美香が仕事の話をしていただけで、浩平が「うるせぇよ。 あっちでやれ」と、突然言ったのがきっかけ。


「仕事の話だろ?」と言ったんだけど、浩平は苛立ったように外回りに行ってしまい、そのまま戻ってこなかった。


『女に捨てられたんだろうな…』


そう思いながらも、話し合いをしようとすると逃げてしまい、解決方法がない状態。


美香は怒鳴られることが嫌だったようで、浩平君がいるときは、打ち合わせやちょっとした相談も休憩室でするようになり、ユウゴとケイスケもそれを真似していた。


そのせいで、頻繁に休憩室に呼ばれるようになり、思うように作業ができずにいたんだけど、美香と二人きりになって話しを出来ることは、不幸中の幸いだと思っていた。


浩平に『最後通告をしよう』と思い、何度も呼び出そうとしていたんだけど、その度に外回りに逃げてしまうし、電話をしても繋がらないしで、どうしようもない状態に。


けど、その分、サボっている証拠はどんどん増えていき、あとは話し合いをするだけの状態になっていた。



社内の空気が変わらないまま、正月休みを迎え、1週間の休みに入る。


正月休みに家族で集まったんだけど、そこには兄貴の奥さんだけが居なかった。


『まさかあの男と?』と思い、兄貴に聞こうと思ったんだけど、シュウジのいる目の前で聞くのもどうかと思い、何も聞けないまま、少しだけ話せるようになったシュウジと遊んでいるだけだった。


帰り際、兄貴はタクシーの中でいきなり切り出してきた。


「年明けから週3で入る新人の女、警戒しとけ」


「警戒? サボり癖でもあるのか?」


「いや、別の癖が悪い」


「別の癖? 問題行動するなら解雇したらいいじゃん」


「解雇事由がない。 邪魔だから引き取れ。 それと園田美香さん、6日の午前中に連れてきてくれ。 先月と先々月は売り上げにかなり貢献してるし、MVPくらい渡さないとな」


兄貴はそれだけ言うと、窓の外を眺め始め、口を閉ざしてしまった。


『邪魔だからって… うちはゴミ箱か? つーか入って1年も経ってないのにMVPってすげぇな… と言うか、兄貴の奥さんの証拠って集まったのかな?』


いろいろな疑問を思い浮かべながらも、兄貴から醸し出される空気に、それ以上言葉を発することができず、黙ったままタクシーに揺られているだけだった。

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