第67話 好機
美香にマンションを貸すことと、美香がケイスケにソフトの使い方を教えることに決まった後、美香はケイスケに使い方を教え始めていた。
美香はユウゴと違い、ポインタを頻繁に動かすことも、擬音を使うこともなく、丁寧に説明をしていたため、ケイスケは見る見るうちに作業を覚えていた。
それだけではなく、美香は時計を見ながら説明をし、キリの良いところで切り上げるおかげで、ケイスケが詰め込みすぎてパンクすることもなく、1週間経ったころになると、簡単な作業ならできるようになっていた。
週末になると、美香は父親に頼んで引っ越しを終えたようで、普段よりも早く出勤するように。
美香は出勤するなり、テーブルを拭いたり、ごみを集めたり、休憩室の掃除を始めたりと、忙しなく動いていたから、以前よりも事務所内が綺麗になっていた。
『美香様様だな…』と思いながらも、忙しい日々を過ごしていた。
そんなある日のこと。
すべての作業を終え、2階に上がったのが21時過ぎ。
カーテンを閉めようとすると、すぐ裏のマンションの一室にあるベランダで、美香が忙しなく洗濯物を取り込んでいる事に気が付いた。
『忙しい奴だなぁ… あ、洗濯… 明日でいっか』
そう思いながらカーテンを閉めていた。
数日経つと、ケイスケは完璧に使い方を理解したようで、ユウゴとペアになり、作業をするように。
俺と美香でペアになり、ユウゴとケイスケがペアになったおかげで、作業がスムースに進むようになったまでは良いんだけど、あゆみに任せっぱなしの事務の方が追い付かないことになり、美香とケイスケは自分の作業を終えた後、当然のように事務作業をこなしていた。
『もう一人か… まぁ事務なら兄貴に言えばすぐ捕まるだろう』
そう思い、兄貴に相談すると「ちょうど移動させたいやつが一人いるから、年明けからそいつを回す」とだけ言っていた。
『移動させたいやつ? 使えないってことじゃないよな?』
少し不安に思いながらも、作業をする日々を過ごしていた。
ある日の土曜の夜。
この日は休みだったんだけど、午前中にじいちゃんとシュウジの元へ行き、親父の奥さんからお礼として、見るからに高級そうな弁当をもらった後、夕方過ぎに帰宅。
少しだけ1階で作業をした後、2階にあがり、ふとカーテンの向こうを見ると、マンションの1室の電気がついていた。
『そういや、晩飯まだ飯食いに行ってないな…』
そう思いながらも、手元にある弁当を捨てる訳にもいかず、それを食べていた。
シャワーを浴びた後、軽く飲みながらカーテンを閉めようとすると、マンションの一室にあるベランダで、美香が忙しそうに洗濯物を取り込む姿が視界に飛び込んだ。
何気なく携帯を握り、美香に電話をしてみることに。
美香は2コールもしない間に出てくれて、それだけで凄く幸せな気分になれた。
「もしもし? オレオレ」
「社長? イタ電はやめてくださいね」
笑いながら言ってくる美香の声に、自然と顔がほころんでしまう。
「今、カーテン閉めようかと思ったら、美香が見えてさ。 休みなのに忙しそうだなって、イタ電してみた」
「もぉ… 覗きは犯罪ですよ? てか酔ってます?」
「そうでもないけど、飲んでることは飲んでるよ」
以前なら信じられないくらいに、自然と笑い合って話せていることに、胸の奥がギュッと締め付けられ、自然と言葉が零れていた。
「なぁ、今からそっち行っていい?」
「え? 急にどうしたんです?」
「あ、いや… あれ? 俺酔ってんのかな?」
思わず出てきた本心を、誤魔化すことしかできなかった。
美香はそれでも優しい口調で「お疲れなんですから、早くお休みになった方が良いですよ」と言い、その言葉だけで癒されてしまう。
「だな。 また来週からよろしくな」
改めてそう言うと、美香は「こちらこそ、よろしくお願いいたします」と言い、少し話した後に電話を切っていた。
せっかくのチャンスを誤魔化すことしかできず、自分自身に『へたれてんな…』と思うことしかできなかった。
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