第69話 新人
結局、美香の手料理を食べに行くことも、連絡することすらできないままに、年を明かし、仕事始めである5日の朝。
朝の準備をしているときに、事務所のインターホンが鳴った。
『ユウゴ? あれ? 鍵忘れてきたのかな?』と思いながらも、新しい制服をあゆみのデスクに置き、すぐに対応すると、見慣れない一人の女性が事務所の前に立っていた。
「初めまして。 親会社から派遣された大高真由子です。 よろしくお願いします」と、お辞儀をしながら挨拶をされたんだけど、その女を見た瞬間、全身にじんわりと寒気が走り『あ、こいつ無理』と思っていた。
胸も大きいし、パッと見はかわいらしい印象を受けそうなんだけど、その作り笑いだけで、俺を『出がらし』と言っていたおばさんたちを思い出してしまい、寒気を止められないままでいた。
『作り笑いがひどいな… というか派遣じゃなくて移動だろ?』
そう思いながら事務所の中に案内をし、あゆみのデスクに置いてあった新しい制服を着るよう促す。
すると、ユウゴが出社し、「新人?」と聞いてきた。
「そ。 更衣室、案内してやってくんね? 俺ちょっと…」と言いかけると、ユウゴは察したように休憩室に行き「こっち」とだけ言い、大高を休憩室に案内していた。
『あの雰囲気、無理すぎる…』
そう思っていると、美香が出社し「あけましておめでとうございます。 本年もよろしくお願いいたします」と言いながら、深々とお辞儀。
『癒される… あ、2階の鍵、閉めてきてねぇや』
そう思いながらも、挨拶を返し、2階に駆け上がった。
2階の鍵を閉めた後、1階に行くと、美香の姿はなく、大高はあゆみの席に着いていた。
そのまま休憩室に行き、立ったままユウゴと仕事の話をしていると、更衣室から美香が現れたんだけど、美香の顔色が悪くなっていた。
「どうした? 顔色悪いぞ?」と顔を覗き込むと、美香は「大丈夫です」とだけ言い、事務所に戻ってしまう。
ユウゴが「貧血かな?」と言ってきたけど、朝の挨拶をしたときは、顔色もよく、元気そうな印象を受けたため「急にどうしたんだろうな?」としか言えなかった。
休憩室を出ると、ケイスケが大高と挨拶をしていたんだけど、美香は大高を見ようとはしない。
『人見知り全開ってやつか…』
そう思いながら始業時間間近になると、浩平が出勤したまでは良いんだけど、浩平は仕事中にもかかわらず、大高に向かい「めちゃめちゃかわいいね」と連呼しまくり。
それだけではなく、勝手に事務の仕事まで教えはじめてしまい、慌ててケイスケに「指導してやってくれ」と伝えていた。
が、浩平は「俺やるからいいよ。 自分の仕事してろ」と上から目線で言いながら、ケイスケを手で追い払うように振り、近寄らせなくしてしまう始末。
これに対してケイスケは完全にキレてしまい、「勝手にしろ」とだけ言い、自分のデスクに戻っていた。
やる気を出してくれるのはありがたいことなんだけど、正直、作業内容を把握してるとは思えないから、不安で不安で仕方がない。
『終わったらチェックするしかないか…』
そう思いながら資料室に行くと、美香が資料室に入り、ファイルを探し始めていた。
美香はファイルを見ながら「いつの間にか面接したんですね」と聞いてくる。
「俺はしてないよ。 元々親会社に居たらしい。 邪魔だから引き取れってさ。 うちはゴミ箱じゃねぇっつーの」と、思わず吐き捨てるように愚痴を言ってしまうと、美香はファイルで顔を隠しながらクスクスと笑い始めた。
「何?」
「いえ、社長の愚痴って新鮮だなって。 愚痴は副社長の専売特許だと思ってました」
「俺も人間だからそれくらい言いますよ? あ、そうだ。 明日一緒に外出お願いできる?」
少し笑いながらそう言うと、美香は「外出ですか?」と不思議そうな顔をしていた。
「兄貴… 親会社社長が会いたいらしい。 先月と先々月のMVPだって。 金一封あるかもよ?」
美香はパァっと明るい顔をし「本当ですか!? ほしいものあるから嬉しいです!!」と、素直に喜んでいた。
「じゃあ、明日9時に改札前で待ち合わせ。 良い?」と聞くと、「はい!」と元気に答えていた。
『無邪気すぎる… めちゃめちゃかわいいなぁ…』
そんな風に思いながら、浮足立つ美香の後ろを歩き、仕事に戻っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます