第62話 遅刻

二人が作業の速さで勝負をし、仕事が早く片付いたのは良いんだけど、自分の仕事であるCG制作が追い付いていない状態。


兄貴のところで作業をしていた分、自分の作業にまで手が回らず、週末はずっと作業をしていた。


二人は毎日のように、ものすごいスピードで作業を続け、勝負をしているものだから、焦る気持ちを抑えきれず、毎晩のように徹夜をする日々。


ユウゴに「もういい加減、美香と勝負するのやめない?」と聞くと、ユウゴは「だって負けっぱなしとかむかつくじゃん」と、子どものようなことを言い、不貞腐れるばかり。


「俺のことも考えて?」と聞いたけど、ユウゴは「美香にだけは負けたくない」と、一切聞く耳を持ってくれなかった。


ケイスケはそんな二人を見て「二人とも負けず嫌いだからねぇ… 美香ちゃん、倒れなきゃいいけど…」と、少し不安そうにしていた。


そのケイスケも、打ち合わせに行かせては、帰りがけに姉貴のお見舞いに行っているようで、帰社した時にはあまり元気がない状態。


浩平は相変わらずだったんだけど、時々、「アポ取れたから営業行ってくるわ」と言い、会社の車を使って直行直帰をする始末。


けど、メーターを見てみると、たいして走っていなければ、ガソリンも減っていない。


「日報を書け」と言ったんだけど、「後でな」としか言わないため、どこに営業をしているのかもわからない状態だった。


『どっかで寝てるんだろうな…』


そう思いながらも、自分で確保している日報には、車に表示してある正確な数字を書き、さぼっている証拠として保管していた。


ガリガリにやせ細っていた美香は、ユウゴと勝負をしてからというもの、食事が摂れるようになったのか、顔色もよくなり、以前よりも少しだけふっくらとし、髪に艶が戻っていた。


綺麗な髪をした後姿を見ているだけで、ずっと目で追いかけていた時の事を思い出し、隣にいることが嬉しく思うと共に、あの一件の事も思い出してしまい、言い表せないほどの寂しかった記憶までもが蘇っていた。



そんなある日の金曜、始業時間になっても美香は現れず、『どこかで倒れてるんじゃないか?』と不安になってた。


電話をしようか迷っていると、勢いよく事務所の扉が開き、美香が息を切らせながら駆け込んできた。


「おはよう? 遅刻なんて珍しいね」と言うと、美香は息を切らせたまま「すいません! 寝坊しました!」と事実を告げる。


ユウゴはそれを見てニヤッと笑い、「たるんでるんじゃないのかぁ?」と言っていたんだけど、美香は無反応のまま、急ぎ足で更衣室に向かっていた。


「ユウゴにも責任があるからな。 毎日残業までさせて、やりすぎだぞ」と、呟くように言うと、ユウゴはヘッドフォンをして聞こえないふりをしてしまう始末。


「…ったく」と言い、呆れながら作業を続けていた。


ユウゴは1日中、美香に向かって「たるんでる」と言い続け、美香は「だから何度も謝ったじゃないですか!」と反論し、不貞腐れるばかり。


休憩時間に「ユウゴ、やりすぎ。 もういい加減やめろ」と言うと、ユウゴは「あともうちょい」としか言わなかった。


定時になると同時に、美香はあゆみよりも先に更衣室へ行き、逃げるように会社を出ようとしていた。


が、ユウゴがそれを見逃すわけもなく、「遅刻して定時に帰るって、社会人としてどうなのかなぁ? そんなことしてたら、うちの会社、潰れちゃうよぉ?」と、ニヤッと笑いながら言っていた。


「この前、風が吹けば倒れる会社って、仰ってましたよね?」


「ちょっと大地聞いたか? 自分の会社ディスるってどうなの?」


「私じゃなくて副社長が仰ってたんじゃないですか!」


「『言ってたんじゃないですか』だろ!! 硬すぎるって言ってんの! わっかんねぇやつだなぁ!」


「馬鹿には付き合いきれません。 失礼します」


「誰が馬鹿だ!」と言うユウゴの喚き声にため息をつき、美香に「お疲れ」と声をかけると、美香は不貞腐れたまま事務所を後にしていた。


美香が事務所を出て行った後、ユウゴは「もうそろそろいいかな」と切り出してくる。


「何が?」


「美香。 昔、勉強教わってた時の表情に戻りつつあるわ」


ユウゴはそう言いながら満足げに作業を続けていたが、『昔の表情』という言葉に少しイラっとていた。


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