第56話 内緒
美香が帰った後、ユウゴは「兄貴と約束あるから」と言って帰宅してしまい、ケイスケと二人で作業をしていた。
するとケイスケがいきなり「実はさ、うちの姉ちゃん入院してるんだよね…」と言いにくそうに切り出してくる。
「なんで?」と聞くと、ケイスケの姉貴は数年前、通り魔に襲われてしまい、その事がショックで限局性健忘と系統的健忘を発症。
何らかの瞬間に、当時のことを無理やり思い出そうとしては、発狂し、自殺未遂まで起こすようになってしまい、入退院を繰り返していたらしい。
聞きなれない言葉を耳にし「限局性健忘って何?」と聞くと、ケイスケは思い出しながら答えた。
「犯罪被害に遭った人は、恐怖心とか身体感覚だけじゃなくて、当時のことがごっそり記憶から抜け落ちて、思い出せなくなるらしい」
「系統的健忘は?」
「その人にとって、特別な存在の人に関する記憶を失ってしまう事なんだって。 最近、その通り魔が捕まったんだけどさ、その犯人、姉ちゃんの初恋の人だったらしいんだよね。 姉ちゃんの友達が見舞いに来て教えてくれたんだ。 もしかしたら、病院に呼ばれるようになるかも」
「そっか。 いいよ。 あれだったら、打ち合わせって称して病院行ってやりな。 こっちは何とかするよ」
「サンキュ。 …俺の勘なんだけど、美香ちゃん、限局性健忘入ってないかな?」
突然出てきた美香の名前に、思わず耳を疑った。
「美香が?」
「うん。 前にユウゴが違和感があるって言ってたじゃん? 大地が親会社行ってる間に話すようになったんだけど、話しても通じない時があるし、なんかおかしいなって思うようになってきたんだよね…」
「そっか…」
限局性健忘のことを思い出し、美香と重ねてみた。
確かに、未遂ではあったものの、美香は犯罪被害者。
当時のことがごっそりと記憶から抜け落ちて、思い出せなくなっていたとしても頷ける。
それに、あの時、俺がキレて、返り血で血まみれになるぐらい殴ってしまったから、そのことにショックを受けたとしても頷ける。
『もしかして俺のせい?』
そう思うと、『美香を呼び出し、働かせていること自体が間違いなのではないか?』という不安に駆られてしまう。
ケイスケは気遣うように「勘だからな? 真に受けるなよ?」と言ってきた。
けど、最初に電話をしたときや、あれだけ仲の良かったユウゴやケイスケと、全くと言って良いほど思い出話をしないことを思い出すと、当てはまるところが多すぎてしまい、ますます不安が大きくなってしまい、押しつぶされそうになってしまう。
するとケイスケが「あんまり自分を責めんなって。 大地が助けたことには変わりないんだろ? もし、そうだったとしても、辛いことは全部忘れてるんだから、1からやり直せばいいだけじゃないかなって思うんだよね。 ま、他人事なんだけどさ」と笑い飛ばしてきた。
「…そうなのかもな。 今の話、だれにも言わないでおこう。 あんまり広めるのは良くない」
「OK」
ケイスケは小さく呟くように返事をした後、作業を再開していた。
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