第54話 謝罪

事務所に戻った後、美香が「おかえりなさい」と言ってくれたことに、小さな喜びを噛み締めていた。


すぐさま美香は「社長、いきなりで申し訳ないのですが」と前置きした後、すぐに仕事の話を切り出してくる。


美香の言葉に返事をしつつも、飾らない美香の声に『癒される…』と思っていた。


美香の質問に答えた後、浩平に資料を渡し、明日の予定を伝えると、浩平は「OK~ りょ~か~い」と、頼りない返事。


「時間厳守だからな。 絶対に遅刻するなよ?」と言うと、浩平は「わ~ってるって」と言い、資料を眺め始めた。



定時を迎えるとすぐ、浩平は事務所を後にしてしまい、ため息しか出てこなかった。


しばらく作業をしていると、美香が帰り支度を始めようとし、兄貴から【明日の朝一に来てくれ】とのメール。


『明日もかぁ…』


そう思いながら美香を見送り、ユウゴに切り出した。


「ユウゴ、事務所のカギ、持っててくんない?」


「親会社行くん?」


「朝一に呼ばれたから、8時には出なきゃだめなんだ」


「浩平のこと?」


「さぁな。 来いとしか言われてない」


「りょ~か~い」


ユウゴはそう言いながら、鍵を受け取っていた。



翌朝、朝一で兄貴の元に行くと、兄貴はソファに座るように促し、無言で大きな茶封筒を差し出してきた。


『なんだこれ?』と思いながら封筒の中身を確認すると、そこには昨日、俺と兄貴の奥さんが会った時の写真が同封されていた。


言葉を失っていると、兄貴はため息をつき「知ってたのか?」と聞いてきた。


「いや、たまたま打ち合わせの帰りに見かけて、確かめに行っただけだよ。 もしかして興信所に頼んでた?」


「ああ。 もうしばらく黙っててくれ」


「黙ってって、これって証拠にならねぇの?」


「ならない。 お前が出てこなければ証拠になっただろうけどな」


「え? 俺もしかして邪魔しちゃった?」


「そう言う事だ」


「…なんかごめん」


「いや、いいよ。 前々から怪しいとは思ってたし、とにかく今は黙っててくれ」


「わかった。 あ、石崎さんにも口止めしたほうがいいと思う。 俺より先に気が付いたのが石崎さんだし」


「わかった。 後で伝えておく」


兄貴はそう言うと、大きくため息をつき、仕事の話を切り出してきた。


午後になると同時に、石崎さんが社長室に来て「大地社長、単刀直入に言います。 本田浩平君、彼は営業に向いてません」とはっきり言いきった。


と言うのも、浩平は待ち合わせの時間に5分遅れで到着し、会社名の書いてある車にいきなり乗り込んで来たとのこと。


遅れてきたことに対して謝罪もなく、昨日手渡した資料も全く見ていなかったようで、石崎さんだけが打ち合わせをし、浩平はその場にいるだけ。


見て覚えるという気も、サポートをする気も全く無く、ただただその場にいるだけだったようで、石崎さんはかなりお怒りの状態だった。


「車の中でもずーっと携帯を弄ってて話をしようとはしないし、打ち合わせの最中も上の空だし、どうしようもありませんよ。 大方、外回りと偽ってさぼろうと思ってるんじゃないですか?」


『俺もそう思います』


なんてことを言えるわけもなく、ただただ平謝りすることしかできなかった。

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