第53話 目撃

翌朝、朝9時に石崎さんとの待ち合わせ場所に行くため、ユウゴに少し早めに出勤してもらい、美香の姿を見ることはなく、事務所を出て行った。


車で1時間ほどの場所にある、サンライズという会社に行き、10時から打合せを開始。


12時過ぎに打合せを終え、石崎さんの運転する車に乗り込むと、石崎さんが「飯行きますか!」と切り出してきた。


時間も時間だし「行きますか!」と答えた後、話しながら外を眺めていると、車が赤信号で止まり、腕を組んだカップルが横断歩道を渡っていた。


『派手な女だなぁ…』


そう思いながらぼーっと眺めていると、石崎さんが突然「あれ? ゆり子ちゃん?」と声を出す。


「ゆり子?」と聞き返すと、石崎さんは「光輝社長の奥さん」とだけ言い、派手な女を目で追っていた。


兄貴の奥さんは地味な印象しかなく「まさか」と声に出すと、石崎さんはそのカップルを追うように、ゆっくりと車を走らせ始めた。


二人は楽しそうに話しながら腕を絡ませたまま裏地に入り、ホテル街へと歩き始める。


二人を追いかけている間、真実を確かめたくなってしまい「この先に止めてもらえますか?」と言うと、石崎さんは少し加速し、二人の歩く先で車を止めた。


急いで車を降り、二人に向かって歩き始め、女をよく見てみると、派手な格好をした兄貴の奥さんということが分かった。


兄貴の奥さんは俺と目が合った後、ハッとした表情をし、急に絡ませていた腕を離した直後、踵を返して急ぎ足で歩きはじめる。


「おい! どこ行くんだよ!」


腕を組んでいた男が大声で聞いても、兄貴の嫁はスタスタと行ってしまい、角を曲がっていた。


『うわぁ… マジかぁ… 本物じゃん… 変なことにクビ突っ込んだぁ…』


そう思いながら石崎さんの待つ車に乗り込み「ビンゴです」と言うと、石崎さんは大きくため息をついた。


「ここのところ、体調不良で休んでばっかりだったんだよねぇ…」


「そうなんすか… あの、兄貴には言わないでもらえますか? ちょっとどうしていいかわかんないんで… 考えがまとまって、もし必要であれば俺から言います」


「わかった。 とりあえず飯行こうか」


石崎さんはそう言うと、車を発進させていた。


『言うべきなのか、言わざるべきなのか… どうしたらいいんだこれ?』


そう思いながら店につき、食事をとっている最中も考え込んでいた。


すると、石崎さんが「さっきの件、俺だったら言わないで欲しいかなぁ…」と、つぶやくように切り出してきた。


「どうしてですか?」


「うちには子どもが3人いるし、一番下はまだ4歳なんだよね。 子どものためにも、夫婦間に亀裂が入るようなことは言ってほしくないなぁ。 俺が知らなければ普通でいられるし」


「そっか… 兄貴の場合はどうなんだろ… 子どもいないし…」


「うーん… 大ちゃんだったらどうしてほしい?」


「あいつはそんな事する奴じゃないです」


「例えばだよ。 と言うか、そういう子が居るって事の方が驚きだな」


石崎さんはそう言いながら笑い、食事をとり続けていた。


食事を終えた後、石崎さんは思い出したように「あ、そうだ。 そう言えば明日の資料。 必ず目を通すように浩平ってやつに言っておいてくれる? 今日と同じところに朝10時集合。 時間厳守ね」と言い、資料を渡してくる。


「わかりました」と言いながら資料を受けとり、別の不安に駆られていた。

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