第51話 冗談

翌朝、朝の準備を終えて事務所のカギを開けて少しするとに、ユウゴが出勤してきた。


ユウゴは「うぃ~っす」と言いながら休憩室へ直行していたけど、ユウゴの顔を見た途端、昨夜のことを思い出し、かなりイラっとしていた。


無言で休憩室に行った後、すぐにユウゴに切り出した。


「一発殴らせろ」


「は? なんで?」


「いいから一発殴らせろ」


「意味わかんねぇし」と言っているユウゴの肩に、無言で拳を振り落とすと、ユウゴは「いってぇぇ!」と叫び声をあげた。


ユウゴは「なんなのマジで?」と言いながら肩を摩る。


夕べのことをユウゴに話すと、ユウゴは「え? あの話信じたの?」と聞いてきた。


「ったりめぇだろ!」と怒鳴りつけるように言うと、ユウゴは大声をあげて笑い「あほだなお前。 ちょっと考えりゃわかるだろ」と言いながら、再度笑い始めていた。


ユウゴは一通り笑った後、「腹括ったんじゃねぇの?」と切り出してきた。


「兄貴が従業員と結婚してんだぜ? ダメって言われたところで説得力ねぇだろ?」


「マジで?」


「元々は事務で今は経理らしい」


「物好きな女もいるもんだな?」


「兄貴、金は持ってるからな。 それ以外の良いところってわかんねぇけどさ」


ため息交じりに言いながら缶コーヒーを手に取り、休憩室を後にすると、自分のデスクで頬杖を突き、目を閉じている美香の姿が視界に飛び込んだ。


美香の頭に手を乗せた後、自分のデスクに座り缶コーヒーを開ける。


「寝れた?」


「あ、はい。 昨晩はお恥ずかしいところをお見せしてしまい、本当に申し訳ありません」


美香がそう言うと、自分のデスクについたユウゴが「ぶっ」っと噴き出す。


美香が「なんですか?」と聞くと、ユウゴはニヤニヤ笑いながら「何でもない」と言うだけ。


「あの部屋、そのまま使っていいから。 家具もそのまま使っていいし、もし必要だったら、荷物取りに行くの手伝うよ」


そう美香に切り出すと、美香は慌てたように「そんな、ダメです! 悪いです!」と言ってくる。


ユウゴはそれを聞き「いいんじゃね? 激しい勘違いした罪滅ぼしだろ?」と、半笑いのまま言ってきた。


「誰のせいでそうなったと思ってんだよ?」


「わっかんな~い。 自分のせいじゃな~い?」


「大体お前が変なことを言うから悪いんだろ?」


「普通、あんな話、真に受けねぇだろ?」


ユウゴと言い合いをしていると、美香がスッと椅子を後ろにずらす。


「お前の場合は冗談に聞こえねぇんだよ!」


「余裕がなさすぎるからだろ?」


「忙しすぎんのに、余裕なんかあるかよ」


「昨日何時までやってたん?」


「0時半過ぎ」


「うわぁ… 早めに逃げてよかったぁ…」


ユウゴがホッとしたような声を出すと、ケイスケが出社し「何朝から言い合いしてんの?」と、呆れたように言ってきた。


ケイスケの言葉で言い合いをやめると、美香は俯きながら少し微笑むような表情を見せる。


『笑った…』


そう思っていると、美香は思い出したようにポケットから鍵を取りだし「ありがとうございました」と言いながら、鍵を返してきた。


「困ったことがあったら、いつでも言ってな?」と言うと、美香は微笑みながら「はい」とだけ言い、作業に取り掛かった。


定時を迎えると同時に、美香に「来週からフルタイムで来れる?」と聞くと、美香は「大丈夫です」とだけ言い、帰宅準備を始めていた。


「じゃあ、週明けに履歴書持ってきてくれるかな?」と聞くと、美香は「承知いたしました。 お先に失礼します」と言い、さっさと事務所を後にしてしまう。


『承知しました。 か…』


何気ない一言に距離感を感じつつも、残りの作業を続けていた。

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