第48話 疑惑

ユウゴは落ち込んだまま休憩室を後にし、「美香ちゃん… 怒られたから帰っていいよ」と、ふてくされながら言っていた。


すると美香は「いえ、かおりさん細かいし、懐かしいからやっちゃいます。 てか、ちょっとやっちゃいました」と言い始めた。


黙ったまま自分の席に座って椅子をずらし、美香の背後からモニターを見ていた。


仕様書とモニターを見比べながら作業を見ていると、仕様書には書いていないことも、美香は当たり前のように作り始めていた。


ユウゴは「ほぉ~。 そうやればいいんだ」と、感心したように声をあげはじめ、「仕様書にはこう書いてあるよな」と言いながら、ユウゴに仕様書を見せる。


『すげぇ早いし、手慣れてる。 前担当者っていうのは本当だったんだ…』


そんな風に思いながらユウゴと感心していると、美香は企業ロゴにまで手を出し始めた。


『透過処理? 仕様書にはそんなこと全然書いてないよな… なんかの暗号っぽく見えるけど、暗号なのかな…』


そう思いながらしばらく作業を見ていると、美香は最終チェックをはじめ、切り出してきた。


「こちらでよろしいでしょうか?」


「OK。 エンコードしてメール投げていいよ」


美香は俺の言葉をきっかけに、エンコードボタンを押す。


エンコードを終えた後、納品メールを打ち始めていたんだけど、美香は「担当者は副社長でよろしいですか?」と聞いてきた。


当たり前のように「園田美香で」と告げると、ユウゴは軽く不貞腐れながらも、自分のパソコンをいじり始めた。


全てを終えた美香に「ありがとな。 もう大丈夫だから、早めに帰ってゆっくり休んで」と声をかけると、美香は「はい…」とだけ言い、帰宅準備を始めてしまう。


『飯とか誘いたいけど、俺もまだ作業あるし… 美香ってそもそも外食できるのかな?』


そんな風に思いながら自分の作業をしていると、会社の電話が鳴り、ケイスケが対応していた。


ケイスケは「園田さん、お電話です。 3番ね」と言い、美香は当然のように電話に出る。


美香の「お電話代わりました」と言う声と同時に、隣にいる俺にもはっきりわかるほどの大きな「美香ちゅわぁぁぁん」と言う、女の甘えた声が聞こえてきた。


思わず美香を見ると、美香は嬉しそうな笑顔で「ご無沙汰してます。 よくわかりましたね」と話し始めていた。


『笑ってる… ここに来て初めて笑った…』


そう思いながら美香の横顔を見ていると、美香は少し話した後、微笑みながら電話を切り「お先に失礼します」と言った後、急ぎ足で事務所を後にしていた。


「今、笑てたよな?」


ケイスケにそう切り出すと、ケイスケは「うん。 笑ってた。 駅前でどうのって言ってたし、デートの約束でもしたのかな?」と聞き返す。


「相手女だったぞ?」と言うと、ユウゴは真顔で「美香ってそっちだったんかな?」と言い出し始めた。


「んな訳ねぇだろ?」


「いんや、わかんねーよ? 美香はそっちじゃなかったとしても、向こうがそっちだったら… なぁ? 世の中には男好きの男もいるし、当然、女好きの女もいる訳じゃん? かおりってやつが女好きの女だったら、美香、食われるかもな? あ、もしかして、既に食われてるかも? まぁ、間違いなく今日は帰らないだろうな」


ユウゴの言葉に血の気が引き、「…美香、どこ行ったんだろ?」と聞いてみても、2人ともわかる訳がない。


「探してくる」と言いかけると、ケイスケに「社長? 何言ってんの? 本日分の作業、終わってませんよ?」と引き留められ、追いかけることができなかった。


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