第47話 偶然
美香はベンチに座り、うつむいたままでいた。
『なんでここに?』
そう思いながら、すぐ横にあった自販機で水を2本買い、1つを美香に差し出した。
美香は「ありがとうございます…」とだけ言い、ペットボトルの水を受け取った後、手を冷やすように握りしめていた。
ため息をつきながら隣に座り「急に座り込むからびっくりしたよ」と言い、水を一口飲むと、美香が切り出してきた。
「今日はどうしたんですか?」
「それこっちのセリフだから。 急にどうした?」
「ユウゴさんに呼ばれて…」
「え? 今日はそこまで忙しくないし、ユウゴ一人で十分なはずだけど… あの野郎… サボる事覚えやがったな…」
「え? 電話でHELP MEって言われましたよ?」
「あいつ、本気で切羽詰まってるときは黙るから。 電話をする余裕があるってことだよ」
「…つまり無駄足ってことですか?」
「そうとは限らないよ。 やってほしいことはいっぱいあるし。 ちょっと顔色よくなってきたけど、もうそろそろ行けそう?」
「はい」
美香はゆっくりと立ち上がり、俺と並んで歩き始める。
ただただ並んで歩いているだけなのに、小さな幸せをかみしめていた。
会社に着いた後、ユウゴに向かい「何勝手に呼び出してんの?」と聞くと、ユウゴは「え? ほら、あれだよ。 忙しい気がした系?」と言い始めていた。
「そうか。 勝手に呼び出したペナルティで休憩室の掃除な?」
「え? 俺、掃除嫌いだよ?」
「だからやれって言ってんの!」
動こうとしないユウゴを椅子ごと休憩室に運び、休憩室の中に閉じ込めた。
ユウゴは何度もドアを開けては、美香に「俺掃除嫌い! 美香ちゃんHELP!」と助けを求め、そのたびに無言でドアを閉めていた。
ユウゴを休憩室に閉じ込めたまま時間が過ぎ、定時まであと少しという時に、緊急の仕事が入ってきた。
『Y’sコーポ 担当:
そう思いながら休憩室に行き、ユウゴに「ユウゴ、ちょっと」と声をかける。
フローリングモップで全く同じ場所を拭き続けていたユウゴは、モップを置き無言で休憩室を後にしていた。
ユウゴはモニターを覗き込み「マジかよ! ふざけ…」と小さく叫んだ後、「この人、いつも急に言うくせに注文多くね?」と文句タラタラ。
「まぁまぁ。 高額契約だからなぁ」と言うと、美香がモニターをのぞき込み、切り出してきた。
「この田豪崗さんって、以前、神奈川に本社がある丸山企画にいらした方ですか?」
「そこまではわかんないなぁ…」
それを聞いたユウゴは、悪い笑みを浮かべ「もしかして知り合いだったりしちゃったりしちゃう?」と美香に聞く。
「人違いでなければ、以前の会社で担当してましたけど…」と、美香が言いかけると、突然ユウゴはガッツポーズをし、「よっしゃああ! じゃあこの案件、美香ちゃんにあげちゃう!」と大喜びを始めていた。
慌ててユウゴを引き留めようと「おい、待て」と言ったんだけど、ユウゴは聞こえない振りをし、「おっそうじおっそうじ~♪」と歌いながら休憩室に戻ってしまう。
慌ててユウゴを追いかけ、休憩室に入ってすぐ「副社長、お前の案件だろ?」と切り出した。
「美香様が前に担当してたって言うんだし、任せてよくね?」
「良くない。 もう定時だし、駅で倒れかけてたんだぞ? 帰りに倒れたらどうすんだよ? というか許可なく呼び出してんじゃねぇよ」
睨みながら言うと、ユウゴはシュンっと落ち込んだ後、ゆっくりと休憩室を後にしていた。
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