第35話 悩みの種

美香が在宅で作業をしてくれるようになったけど、機密保持の理由で全てを任せる訳にもいかないし、選別の作業が増えてしまったせいか、自分の時間が全くと言っていいほど無くなっていた。


美香との接点ができたから、正直言うと浩平を追い出してもいいんだけど、解雇事由が見当たらなかった。


ケイスケの負担を軽減させるには、少しでも浩平に動いてもらいたいところではあるんだけど、浩平は自分の仕事を選別してしまうせいで、あまり当てにならない。


ユウゴのサポートにケイスケをつけていたんだけど、あゆみにパソコンの操作方法を教えているから、ケイスケの負担もかなり増えている。


『浩平がもっとマシな奴だったらなぁ…』


そんなことを思いながら、毎晩のように作業を続けていた。



そんなある日のこと、あゆみに近づいても、寒気が起きなくなっていることに気が付いた。


毎日会ってるせいか、お互い異性として見てないせいかはわからないけど、近くにいることはできるように。


けど、あゆみのどこかに指先が触れると、一気に鳥肌が立つのは相変わらず。


『この体質、参るなぁ…』と思いながらも、忙しい日々を過ごしていた。



それと同時に、あゆみは頻繁に欠勤や早退を繰り返すようになっていた。


原因はあゆみの母親。


あゆみの母親は、育児放棄したにも関わらず、「連絡をしたらすぐに帰ってこい」と言っているらしく「帰らなかったら会社に行くって脅されてるらしい」と、ユウゴが言っていた。


ただ、本当のことを公にするのはどうかと思い、あゆみには「体調不良を理由にしろ」と言っておいた。


あゆみは俺の言う通り、仕事中に「体調不良」を理由に早退し、その翌日には顔を腫らして出勤していた。


誰がどう見ても殴られた跡だったんだけど、あゆみは「化粧で隠す」と言い、休憩室で厚化粧をしてごまかし続け、酷い時は休ませる事もあった。



そんな忙しい生活の中で、唯一の楽しみと言ったら、美香に電話をすることくらい。


美香はクラウドに完成した動画を上げると、すぐにメールを送ってくれるから、それをきっかけに電話をするように。


本当はメールでもいいんだけど、メールよりも声が聴きたくて、毎日のように電話をしていた。


毎日のように美香の声を聴きながら、体調を伺い、はじめは1日に1~2本、1日おきに作業をする程度に留めていたんだけど、数週間たった今では、1本あたり短時間で終わる作業を毎日5本程度送るようになっていた。


声を聴くたびに会いたい気持ちが大きくなってしまい、それを抑えるのに苦労する日々を過ごしていた。



そんなある日のこと。


浩平が珍しく「飲みに行こう」と誘ってきた。


『最後通告をするいい機会』と思い、二人で飲みに行ったんだけど、カウンターに二人で並んで座った少し後、浩平の口から出た言葉は「給料の前貸しってできるかな?」という言葉だった。


「実はさ、兄貴が事故っちゃって、どうしても金が必要になったんだよね」


浩平がそう言うと、店の扉が開き、「あれ? 浩平じゃん」という男の声が聞こえた。


後ろを振り返ると、赤ら顔の中年の男が立ってたんだけど、浩平は慌ててその男をトイレに連れて行っていた。


『怪しすぎる』と思っていると、浩平は席に戻るなり、「親父なんだ。 兄貴の様子聞いてきた。 これ、うちの社長」と、へらへら笑いながら言ってくる。


『これ?』と思いながらも挨拶をすると、親父さんも挨拶を返していたんだけど、浩平はどうも居づらいような様子をしていた。


「で? 兄貴が事故ってどうしたって?」と聞くと、浩平は親父さんをチラチラと見ながら「いや、もう大丈夫みたいだからいいよ。 俺、用事思い出したから帰るな」と言い、逃げ出すように帰ってしまった。


『絶対嘘だ』と思いながらも、席を立ち、無駄な時間を過ごしてしまったことに、ため息をつきながら帰宅していた。


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