第31話 警戒

翌日から、浩平がバイトとして来始め、ケイスケのサポートをさせるようになっていた。


が、浩平は電話の応対はケイスケに押し付け、自分は簡単な入力作業をするばかり。


休憩時間も守らず、オーバーすることが多かったから、そこは給料から引いていたため、サボればサボるだけ給料が減っていた。


その事に焦り始めたのか、浩平は俺に対して媚を売るようになっていた。


けど、一切受け入れることはなく、「時間を守らないのが悪い」とだけ言い続けていた。


浩平がバイトとして来始めてから数か月たった頃。


午前中に作業をしていると、浩平は目の前にいる俺に、いきなりメールを送ってきた。


そこには誰かに携帯番号が書いてあり、「浩平、これ誰の番号?」と聞いてみた。


「園田美香。 今は会社を辞めて家にいるはずだってよ。 約束だからな? これで正社員にしてもらえんだろ?」


「いや、美香が正社員になってからだ」


口では冷静を装いつつも、胸が弾むような気持ちでいっぱいになっていた。



昼休みを迎えると同時に決心を決め、2階に行こうとすると、ユウゴが後を追いかけてきて、階段の途中で話しかけてきた。


「なんだよ?」


「下手なこと言って警戒されんなよ?」


「下手な事って?」


「実家の場所とか、あの時の事とか、分社化する前からここに俺らがいたとか… とにかく余計なことは言うなよ! それと、いきなり正社員とか言うんじゃねぇぞ? 向こうは退院したばっかりなんだからな! 良いな!?」


「お… おぅ…」


そう言った後、2階の自宅に入り、美香に電話をしてみたけど、コール音はするものの、電話に出ることはなく、留守電に切り替えられてしまう始末。


何度かけても、美香の声を聞くことは叶わず、がっかりと肩を落として1階に向かった。


1階についてすぐ、浩平に「出ないんだけど、番号合ってるよな?」と聞くと、浩平は「合ってるよ。 知らない番号は出ないらしいからなぁ。 しつこくかけてみ?」と呆れたように言うだけだった。



半ば諦めながらしつこく電話をかけ続けてたけど、全くと言って良いほど出る気配がなく、すぐに留守電になってしまうばかり。


定時を迎え、少し残業をした後、休憩室で何度か電話をかけてみると、コール音が止み、電話の向こうから静けさだけが聞こえてきた。


「もしもし?」


慌てて声を出してみても、電話の向こうからは何も聞こえない。


「あれ? もしもし? 聞こえてる?」


そう言っても、何も返事をしてくれず、『間違えたか?』と思っていた。


ユウゴとケイスケが不安そうに見守る中、顔を横に振りながらも、「おーい。 聞こえてる~?」と声を出す。


すると、消えてしまいそうなほど小さな声で「…はい」と言う、美香の懐かしい声が聞こえてきた。


『美香の声だ…』


そう思っただけで、胸が締め付けられるように苦しくなり、自然と笑顔がこぼれてしまう。


けど、それ以上の言葉が聞こえず、不安になりながらも、「久しぶり」と声をかけても、電話の向こうからの返事は無かった。


「あれ? もしもし? 園田美香ちゃんの携帯でいいんだよね?」


「…はぁ」


「あ、俺、高校の同級生だった木村、あー木村大地だけど、覚えてる?」


そう問いかけたんだけど、電話の向こうは無言を貫き、何も聞こえなかった。


『覚えてないとかさぁ… キスまでしたのに、現実って厳しすぎないか?』


そう思いながら携帯を握り締め、諦めたように声を出していた。


「あ~だよねぇ。 話したことなかったしね…。 同じ部活だったけどなぁ」


ため息交じりに言っても、電話の向こうの美香は無反応だった。


ふと見ると、ユウゴが紙に【盛り上げろボケ!!】と書いて見せてくる。


『覚えてねぇって言われてんのに、どうやって盛り上げろっつーんだこのバカ!』


そう思いながらも携帯を握り締め、次にかける言葉を探していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る