第32話 電話

美香と電話で話し始めたまでは良いんだけど、とにかく話題がない。


どこをどう触れていいのかわからず、困っていると、ユウゴが紙に【大磯から聞いたって言え】と書いて見せてきた。


「こ、この前大磯から番号聞いてかけたんだけどさぁ…」


「ああ… 駅に居たみたいで、何言ってるかわかんなかったんだよね…」


「え? そうなん? ホントごめん。 もしかして忙しかった?」


「ううん。 そう言うんじゃないけど…」


「そ、そうなんだ。 今何してた?」


「何もしてないよ」


「え? あ、そうなんだ…」


会話が終わりそうになると、ユウゴがすかさず紙を見せてくる。


【パンツ何色?】


『聞けるかボケ!!』


そう思いながら、テーブルに置いてあった雑誌を投げつけると、美香が切り出してきた。


「なんか今、すごい音がしたんだけど…」


「え? あ、ごめん。 雑誌落ちただけだよ。 ムービーサロンって雑誌知ってる?」


「うん。 しょっちゅう見てた」


「あれってすごい参考になるよね! 読んでるだけで創作意欲が湧いてくるって言うかさ」


「最新情報とかも載ってるよね」


結局、盛り上がった話題が映像制作に関わる事だったんだけど、美香は制作のことに関してかなり詳しく、この話を聞いた時、『クリエーターとして絶対に引き込む』と決心していた。


しばらく話していると、美香は「ったぁ…」と苦しそうな声を上げた。


「どうした? 大丈夫?」


「え? あ、うん。 大丈夫」


「体調悪いんだっけ? また今度…」と言いかけると、ユウゴが睨み、無言で圧をかけてくる。


『早く本題に入れって事か…』


半ば諦めながらも、美香に切り出すことにした。


「いきなりだけど本題に入っていい?」


「壺なら買わないよ?」


いきなり出てきた冗談が嬉しすぎてしまい、大声を出して笑ってしまった。


「全然違うから安心して。 本題なんだけど、うちの会社手伝ってくれない?」


「うちの会社?」


「そ。 うちの会社。 去年親父が他界して、兄貴と会社を継いだんだけど、税金対策で子会社化して、同じ高校だった奴と一緒に働いてるんだ。 噂で聞いたんだけど、大手でクリエーターしてたらしいじゃん? うちも同業なんだけど、すんげー忙しいから、手伝ってもらえないかなぁって。 どう?」


「どうって…」


「もちろん、体調のこともあるから、しばらくは在宅でできる仕事を回すよ。 データのやり取りはクラウドを使えば負担は少ないだろうし、在宅の期間はバイト扱いになるけど、体調が良くなったら出社してくれればいいし、継続して出社できるようになったら正社員として迎えたいって思ってるんだ。 他にも要望があれば最大限検討しようと思ってるんだけど、どう?」


「うーん… ちなみにいつから?」


「今すぐ」


「ええ…」


露骨に嫌そうな声を出す美香に、ほんの少しだけ笑いが込み上げてしまう。


「どうかな?」と再度切り出してみると、美香は「テストしてみてよ」と提案してきた。


「テスト?」


「うん。 しばらくパソコン触ってなし、ブランクあるから。 それで合格だったら在宅スタートでどう?」


「OK。 じゃあクラウド経由でデータ送るよ。 アドレス教えてもらえる?」


「わかった。 後でSMSに送るね」


「OK。 あとさ、また電話しても良いかな?」


「それは全然構わないけど…」


「次はちゃんと出ろよ? もしくは折り返して」


「…気が向いたらそうする」


「気が向いたらじゃなくて…」と言いかけると、ユウゴが【はよ切ってやれ】と書いて見せてくる。


「まぁいいや。 体調良かったら出てね」と言った後、少しだけ話してから電話を切った。


ユウゴとケイスケは俺の顔をじろじろと見ながら「エロい」とか「ドスケベ」とか言いまくり。


「どこがスケベなんだよ?」と聞くと、ユウゴは「顔」と真顔で言い始め、「うっせ」と言いながら、慌てて事務所に戻っていた。

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