第23話 彼女

逃げるように帰った数日後から、親父の会社を手伝い始めていた。


と言っても、同じ会社に居るのではなく、俺だけじいちゃんの家で作業をする日々。


親父の会社が立て直しをする前で、新しく始めた事業のため、新しい部署を作る場所も無ければ、その部署には俺一人。


親父の会社で引き受けた作業を、元々、全く関係のない会社をしていたじいちゃんの家で、黙々と作業をするだけ。


同じ会社に兄貴と親父が居るって言うだけでも、肩身が狭く感じるから、ちょうど良いと言えば良いんだけど…。


2階にはじいちゃんがいるし、昼時になると、決まってじいちゃんが呼びに来るから、介護をしながら働いている気分になっていた。


入籍を済ませた、兄貴の奥さんにも会ったけど、まじめで固そうな人で、『似たもの夫婦ってやつか?』と思っていた。


親父も入籍を済ませたようで、俺の住む家に引っ越してきてしまい、家に帰ると居ずらくて仕方がない。


そのせいで、じいちゃんの家に居る時間が多くなっていた。


雪絵とは相変わらずメールばかり。


雪絵はHP制作の会社で勤め始めていたから、毎日のように愚痴の籠ったメールが来るようになり、かなりうんざりしていた。



そんなある時の昼。


じいちゃんと昼飯を食べていると、じいちゃんが切り出してきた。


「大地、お前電車で通ってるのか?」


「うん。 そうだよ」


「あそこのマンション、一部屋空いてるけど使うか?」


「え? いいの?」


じいちゃんの話だと、じいちゃんが所有するマンションの一部屋が空いている状態で、今は借り手も居ないし、もし住むなら住んでも良いとの事だった。


ただし、無料で住んで良いという訳ではなく、家賃を半額にするから必ず払えという事だった。


『流石商売人…』


そんな風に思いながらも、じいちゃんの提案をすぐに飲み込み、週末に引っ越すことも約束していた。


週末の引っ越しを終えると同時に、仕事が一気に増え始め、とても一人では作業できない状態に。


親父に「一人増やしてくれ」とお願いしたのは良いんだけど、あっちはあっちで忙しいようで、「そっちで何とかしてくれ」と言われてしまった。


すぐに思い浮かんだのがユウゴの存在。


ユウゴに電話をし、その事を伝えると、ユウゴは「マジ? 正社員? 行く」とすぐに了承をし、親父もユウゴの事は知っていたから、すぐに了承していた。


その翌月から、ユウゴと2人で作業をし、じいちゃんも嬉しそうに、3人分の昼の準備をしていた。


そんなある週末の定時後、引っ越したばかりの俺の家で、ユウゴと飲みながら話していると、雪絵からのメールを受信し、ユウゴが「彼女出来た?」と聞いてきた。


「まぁな」


「寒気は?」


「酔えば平気」


「…アル中まっしぐらだな」


「うるせーよ」


短い会話をしながらメールの返事を打っていると、【明日、映画見に行こう】とのメールが来た。


『映画って事はシラフだろ? …無理じゃね?』


そう思ってしまい、【ごめん。 明日も仕事なんだ。 夜なら平気だけど】と返事をした。


しばらく返信は来なかったんだけど、雪絵は【わかった】とだけ返事が着た後、謝罪のメールを送っても、返事は無く、ちょっとした罪悪感に苛まれていた。

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