第12話 希望
山本杏里の噂が流れた数日後、山本が休みがちになったようで、周囲は頻繁に『妊娠』や『中絶』と言った言葉を口にするようになっていた。
その言葉が出てくるたびに、野村は嬉しそうな表情をしていたけど、自分自身に被害がある訳ではないし、見て見ぬ振りをし続けていた。
試験期間が終わり、長い試験休みに入ると同時に、部活だけのために学校へ行く生活が始まる。
駅に向かう途中にある、小さな商店街では『クリスマス』の文字が目立ち始める。
『クリスマス… 挨拶すらできないのに、いきなり誘ったら引かれるよなぁ…』
そんな風に思いながら歩いていると、ユウゴが背後から駆け寄り話しかけてきた。
「寒ぃ… 冬眠していい?」
「そのまま永眠しそうじゃね?」
「しねぇよ。 ケーキ食うんだもん。 俺の体は砂糖で出来てるからな!」
「糖尿まっしぐらだな」
くだらない話をしながら改札を抜け、電車に乗り込む。
電車が到着し、改札を抜けた先で、前を歩く美香の後ろ姿を見つけていた。
「あ、美香だ。 おーい!」
ユウゴはそう言いながら美香に手を振ったけど、美香は気が付かないようでそのまま歩いていた。
ユウゴはいきなり駆け出し、美香の隣に並ぶと、突然、耳の横の髪に手を伸ばした。
『な!?』
慌ててユウゴを追いかけると、ユウゴの手にはワイヤレスイヤホンが。
ユウゴは「おはよ」と言いながら、それを耳に当てていた。
『こいつは… なんで俺が出来ないことをサラッとやってんの?』
美香の隣を歩きながら、嫉妬心に襲われると同時に、他の女だったら鳥肌が立って、横に居ることすら出来ないのに、美香の隣を歩いていても、鳥肌が全く立たないどころか、心地よさを感じていることに、少しの希望を抱いていた。
ユウゴは「この曲かっこいい」と言った後、ワイヤレスイヤホンを美香に返し、美香に聞いていた。
「洋楽?」
「うん。 カナダのバンドだよ。 中学の時、塾の先生に勧められて聞いたらハマっちゃった」
「へぇ~。 つーかさ、クリスマスってなんか予定あんの?」
「静香と明日香の3人で女子会するよ」
「俺も行って良い?」
「ダメだよ~。 静香の家に行くんだもん」
『なんつー羨ましい会話なんだよ… 俺なんか挨拶すら出来てないって言うのに…』
2人の会話に入ることが出来ず、美香のすぐ隣を歩き、ただただ羨ましがることしか出来なかった。
部活を終え、帰りにユウゴの家に寄ると、ユウゴの兄貴が切り出してきた。
「大地、クリスマスってどうすんの?」
「なんもねぇよ?」
「ふーん。 また荒療治するか?」
「いや、いい。 希望が見えてるから」
「へ? 女出来そうなの?」
「なんか知らないけど、そいつだけは鳥肌立たないんだよね」
「どこの女?」
「学校。 バスケ部のマネージャー。 2人いるんだけど、その片割れ」
ユウゴの兄貴にそう言うと、ユウゴは「へぇ~ やっぱりそうなんだ! ほぉ~」と意味深な声を上げるばかり。
「お前、誰にも言うなよな!」
慌ててユウゴに口止めをすると、ユウゴは「わかってるって! 今までの部費、清算しなくていいよな?」と言いながらニヤッと笑ってくる。
「しなくていいから、絶対誰にも言うなよ?」
「わかってるって~。 しっかし一途だよなぁ~。 入学式の時に一目惚れしたんだろ? いまだに挨拶すら出来てないのに、片思い続行してるって、ある意味憧れるわぁ… 俺だったら他に行くね」
ユウゴの何気ない言葉に傷つきながらも、小さな希望を胸に抱き、黙っていることしか出来なかった。
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