07.暗闇の中のアトラクション

「本当に見たのか?」

 レオとアンナは、人影を見たという水奈の証言を疑っていた。水奈について行きながらも疑念の声を彼に浴びせかける。キャンプ地もまだ見えないのに果たして考古学者がここまで調査しに来るだろうか。ここが発掘現場だとしてらもう少し賑わいを見せてもいいはずである。

「居た、と思う、多分。……いや、やっぱり居たよ。確かに動くものを見たもの。ここら辺は動物だって見かけないんだからあとは人しか考えられないよ」

 そう言うや否や水奈は自身の目を信じて出来るだけ歩きやすいルートを探しながら岩山を登って行く。岩山は地面がでこぼこしていてとても歩きづらく、少なくなってきた体力を容赦なく奪って行く。

 水奈が人影を目撃したという地点まであともう少し。しかし、最後は道となれるような平坦なルートは見当たらなかった。五メートルほどの緩やかな崖が彼らを邪魔する。

「これを登るの? 体力がもう無いわ」

「俺もだ」

 レオとアンナがその場でへたり込む。

「じゃあひとりで見てくるね」

 ここまで来て目撃者の自分が引く訳にはいかないと、半ば躍起になって登り始めた。幸いなことに岩肌がごつごつしているおかげで足場がどこにである。見た目よりもずっと登りやすかった。ただ、登り終わる頃には下で待っている二人よりもバテてしまうことなど容易に想像できた。体力のことは忘れて今はひたすら登ることに専念する。握力が無くなっていることに気がつかない振りをしてひたすら上を目指す。たかが五メートルが長く感じる。

 最後の岩肌に手を伸ばし、水奈は這いつくばる形で崖から平らな場所へと身を移した。

 下からは歓声が上がっているらしく、それに応える余裕も無く水奈は仰向けになり空を見上げる。力の抜けた腕をだらりと休ませ、乱れた息を整える。マラソンをさせられた気分だ。足がものすごく重たく感じた。

 水奈は、二人が心配する前に返答しなくてはと無理矢理上半身を起こした。


 レオとアンナは水奈が登りきったことに興奮していた。

「やるじゃんか!」

「完璧よ!」

 二人は崖の上の水奈に賛辞を送る。

 しかし、返答がない。

「水奈のやつ、拗ねてるのか?」

「あなたじゃあるまいしそれはないでしょ」

「なんだって」

「なによ」

 二人は飽きもせずに対峙していると、水奈のうわ擦った声が聞こえた。

「二人とも登って来て! この先に何かありそう!」


 レオとアンナは顔を見合わせると、疲れを忘れてしまったかのように勢い良く立ち上がった。

 水奈よりも崖を早く登った二人は息を切らしながらも目の前の光景に驚きの声を放った。


「こんなところに洞窟があるとはな」

「中を覗いてみたんだけど奥まで続いているみたい」


 三人はここで一度冷静になろうと休憩がてら話し合いを行った。その結果、満場一致でこの洞窟を調べてみることになった。例の人影も気になるし、もしここが発掘調査の役に立つ遺跡だとしたら、早速功績を挙げるチャンスである。何も無かったとしても、今日の寝床くらいにはなるだろう。そして何よりもレオとアンナの知的好奇心が爆発したらしかった。


「ようやく考古学者らしい展開になってきたぞ」

 三人はゆっくりとその洞窟へ足を踏み入れた。

「あれを見て」

 入ってすぐにアンナが何かを見つけたらしい。三人が近づいてみると、それは壁に設置されたランプだった。しかもひとつだけではなくて、天井からもぶら下がっていたりとそこかしこで見られた。砂で汚れたランプたちは役目を終えたのはもうずいぶん昔であるかのようにひっそりと眠っていたのだ。

 彼らを起こすことは不要よと、アンナはバッグからペンライトを取り出した。その隣で水奈はバッグをごそごそと漁り始める。

 アンナの照らす光で洞窟内は部分的に明るくなった。これなら先へと進めそうである。そうしてレオとアンナが安心して歩き始めた途端、突然周囲が倍以上明るくなった。

 その光源は水奈の持つライトだった。

「水奈、あなたのライト、なんていうかーそのー、大きくない?」

「よくそんなもの担いで今まで歩いてたな」

「こういうこともあろうかと、ね。暗いと転んじゃうし」

 光に照らされた水奈の顔は誰がどう見ても怯えた表情をしていた。

「なんだ、怖いだけじゃない」

「水奈の弱点もうひとつゲット!」

 レオとアンナはチームメイトの情けない姿が面白かったらしく、笑わせてくれたお礼として水奈を真ん中にして歩いてくれた。

「どうだ嬉しいだろう?」

「え、何が、怖くないよ」

「水奈はじっこ歩いてもいいんだよ?」

「それは……ありがとうございます」

 ここは素直にこう言うべきだと水奈の本能が訴えたのだろう。自然と口から言葉が出たみたいだ。


 歩くに連れて通路は狭くなるどころか広くなるばかりであった。荒野と比べると地面も平らなのでとても歩きやすい。気温も外と比べると冷んやりしていて良い感じだ。

 テニスコートほどの広さの空間に出た。ここにはランプがたくさん置かれていて、つるはしやシャベルもその場に放置されていた。他にもこの空間を横切るようにして地面には長い窪みが作られていて、そこには木が敷かれ木で囲われていた。水奈はこれがこの空間からスタートしていることを確認し目で追ってみたが、この先の洞窟までずっと続いており、終点を見ることは叶わなかった。

 レオはと言えば、奥の行き止まりでひとりしゃがみ込むと何かを掴み感触を確かめていた。

「ここは鉱山だったのかもね」

「ああ、どうやらそうらしい。しかも取れたのは金だな」

「なぜ分かるのかしら?」

「これを見てくれ」

 レオが手に持っていたのは細くて長いだらりと垂れ下がった棒状のものだった。

「これは……ホースの一部?」

「その通りだ。金鉱脈に向かって高圧のホースを使って水をかけるんだよ。水圧で金の入っている層を削るんだ。だけど、そんなことしたらここは水没してしまうだろ。そこでこの水路の出番ってわけだ。水と金はここを流れていき、洞窟の外に掘られた貯水池へ。そこで水に沈んだ金だけをすくうという方法だ。確か水力採鉱と呼ばれていた気がするぞ」

「ゴールドラッシュのことね!」

「そうだ。ここはゴールドラッシュの最前線。となると、やはりカリフォルニアで間違いないか。とほほ。記念すべき最初の遠征が俺の母国とはな」

「レオは物知りだね」

「そりゃ母国の歴史くらいは把握してるさ。いいか、1848年、カリフォルニアを流れるアメリカン川のサッターズミルという場所でジェームズ・マーシャルは水車用の溝を掘っていた時に金を発見したんだ。その噂はすぐに国内で広まって、ついには世界的大ニュースになってしまった。そしたらさあ大変だ。金を求める者たちが国内海外問わずここを目指し始めた。メキシコを通り陸路を行く者、太平洋、大西洋を渡り、海路を行く者。みんなが一攫千金を夢にここを訪れたんだぜ。当時、海外からだと三ヶ月は平気でかかったらしい。長いと八ヶ月もかけて来る猛者もザラだったらしい。ゴールドラッシュはそれだけ世界を沸かせた大イベントだったわけだ。それまでカリフォルニアは荒くれ者が集まる場所だったらしい。まさに西部劇の世界だよ。映画やドラマで一度は見たことあるだろ? ピストルを持って馬を走らせ、銀行や列車を襲う強盗たちを。あれが現実の世界だったんだぜ。そんなど田舎の未開拓の土地に数え切れない人が押し寄せてみろ。経済の発展なんてあっという間さ。カリフォルニアは、黄金狂時代、間違いなく世界の中心だったんだ」

 この部屋を歩き回りながら、レオは興奮しそして夢中になって語ってくれた。

「ここが、世界の中心……」

 水奈は、足の裏の感触に意識を集中してしまい、ぞわぞわ来るものを感じた。

「だからな、たっくさんの技術が流入してきたんだよ。ここで生まれもした。これを見ろ。このトロッコ。こうしてさ、岩山の深くまで来ると、ここまで荷物を運ぶのでさえ辛くなってくる。帰りなんて地獄だったろうな。おそらく人だって乗っていただろうな。よし、ほら、どうだ。俺なんて楽々入っちまうぞ。なあ? だからさ、こういう道具たちも町と同じだよ。急速に発展していったんだよなー」

 なんて、感慨深く歴史に思いを耽るレオの姿は、そこにいつもの陽気な雰囲気など無くて、水奈には、考古学者の片鱗が見えた気がした。彼もまた覚悟を持った人なのかもしれない。一度そう思ってしまうと、彼もなんだか急に遠い存在に感じてしまうのだ。ほら、彼がどんどん遠く小さくなっていくではないか。

「ねえ、水奈、彼、動いてない?」

 アンナの震えた指先の方向にはレオとトロッコがあった。

「え?」

 レオの乗ったトロッコが動き出し、彼を乗せたまま走り出してしまったのだ。どうやら本当に遠くに行ってしまうようだ。

「レオ! 動いてる!」

「邪魔するなよ。俺はな、今、歴史を感じてるんだ。ほら、風だって吹いてる気がするほどに俺の心は……あれ、本当に吹いてない? え、マジ? 動いてんじゃん!」

 アンナがライトで地面を照らしてみると、洞窟の先までレールが走っているではないか。今まで暗くてレールの存在に気が付かなかった。

「トロッコがあればレールがあるのは当然だよね。アンナ、行こう!」

「ええ!」

 二人はレールを避けながら、レールに沿って彼を追いかける。幸いなことに緩やかな坂が続いているので、トロッコのスピードは十分追いつけるものだった。

「止まんないよ、これ! どうしよう!」

「レオ落ち着いて! ブレーキは無い?」

「そんなもの付いてないんだよ!」

「くそっ! ……レオ、自分たちも乗るから手を伸ばして」

「わっ、わかった! よし、乗れ!」

 レオがトロッコから手を伸ばして水奈を軽々と持ち上げ、中に入れた。二人が入ってもスペースにはだいぶ余裕がある。

「アンナも! 手を!」

 トロッコのスピードは先ほどからどんどんとスピードを増していっている。アンナも必死でトロッコに追いつく。彼女も走りながら手を伸ばした。水奈とレオもトロッコから手を伸ばした。

「アンナも乗ってくれれば、もしかしたら俺たちの重さで止まるかもしれないな!」

「あなたってば、ほんとーにデリカシー無いのね!」

 アンナは思わずレオの手を叩いてしまった。

「いって〜!」

「二人とも! ふざけてる場合じゃないでしょ! ほら、アンナ早く!」

 再度伸ばした彼女の腕を、水奈はトロッコから身を乗り出して強引に引っ張った。そして、彼女を抱きかかえ、優しく受け止めてあげた。

「良かった。アンナ、よく頑張ったね」

「え、ええ。……ありがとう」

 アンナは顔を赤らめると、顔を隠すように俯いた。

「なあ、水奈。あれ、どう思うよ?」

 レオはトロッコが進む前方を見ながら、青ざめた表情で覇気のない声で回答を求める。

 水奈はレオの聞いている意味が瞬時に理解できた。けれども嬉しくはなかった。

 この先が急勾配になっているからだった。どれだけ落ちるかも分からない。水奈のライトだけではさすがにこの無限の闇を照らすことができない。

「と、とりあえず、二人とも、何かに掴まろうか」

 アンナは状況が分かっていないらしく、ただ水奈の震える声だけで危機感を強め、男二人の背中に後ろからしがみつくしかなかった。

「あなた、トロッコに乗ったこと、許さないから」

「お、俺のせい?」

「あなた以外誰がいるのよ!」

 こんな状況で言い合いができるレオとアンナに尊敬と憤怒の意を表したくなった水奈は、トロッコの端を手で握ることしかできなかった。

 五メートル先までしか光が届かず、真っ暗闇の中にトロッコと共に突っ込んでいくこの感覚は恐怖でしかなかった。言ってしまえば、これは安全性の保証の無いジェットコースターだった。

 ついに急勾配の始まり。一瞬だけトロッコが止まったような感覚の後、トロッコは猛スピードで坂を駆け下り始めた。

「うおおおおおー!」

「きゃああああー!」

「……………………!」

 三人それぞれの雄叫びが洞窟内にこだました。

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