01.輝きの街
水奈への誤解が解けたところで、二人とも肩の荷が下りたらしく、どちらからともなく握手を交わす。
「俺の母国はここアメリカだ。カリフォルニア州のロサンゼルスさ。騒がしいところだけど、グリフィス天文台から見た街の夜景は最高なんだ。俺のことはレオって読んでくれよ。水奈って呼んでもいいかい?」
「もちろん。よろしくね、レオ。明日の入学式や選抜試験のことを思うともう不安で不安で。正直なところルームメイトが居てくれて良かったと思ってるよ」
「何が不安なんだい? だって考古学者なら誰だって憧れる場所だぞ。俺たち明日からここの学生になるんだぜ。楽しくないわけがない」
「うち両親が考古学者だから流れで入学が決まっちゃったんだ。でも、去年興味を持つ機会があって、だから最後は自分が納得したうえで入学すると決めたんだ。ただ、みんなみたいに情熱があってこれを研究したいとかが無いまま来ちゃったから……」
水奈の深刻そうな顔を消しとばすくらい、レオは大きく笑ってやった。
「なんだよ、そーんなことか。俺だって両親は考古学者やってるよ。二人とも現役バリバリのね。その影響だよ。そんなやつたくさん居るって。水奈だけだと思ったら大間違いだよ」
「そ、そうなんだ」
自らの心配は杞憂なのだと、今日会ったばかりのルームメイトは言う。この一年間付きまとっていた悩みを最も簡単に簡潔な言葉で軽減させられてしまった。やはり世界は広いのだなと水奈は思い知らされる。
「ところで、今日の夕食なんだけどさ。寮に食堂はあるみたいだけど、せっかくだし親睦も含めて街に繰り出さないか?」
まだ疲れの残る体を叩き起こし、せっかくなので外に出ることにした。日はちょうど沈んでいくところで、辺りには街灯がつき始める。遅い夕方のオレンジ色は、焚き火が燃え尽きた残り火のように薄く暗い色をしていた。日本でも見た事のある空なのに、どこかそこには郷愁な色が混ざっている気がして、年甲斐にもなくノスタルジーな気持ちになってしまったようだ。
学内には、シャトルバスとロープウェイ、そして船が走っており、組み合わせ次第でどこにでも着けるようにはなっていて、何が効率が良いのかなんて二人の新入生には検討もつかないけれど、とりあえず景色の良いロープウェイを利用してみることにした。
「あの遠くに見えるタワーは何だろう。あのてっぺんに学長の執務室があるんじゃないか。良い眺めなんだろうなー。羨ましいなー」
ロープウェイからでも最奥を拝むことができない。それほどこの大学は広いということが分かっただけでも良かった。心の準備ができるというものである。
静かな水奈とは対照的にレオは元気でうるさい事この上なかった。
二人が向かっているのは、この大学の経済中心地であるクリスタル・シティと呼ばれる街だ。大型のショッピングモール、映画館やスポーツ施設が連なるアミューズメントパーク、飲食店が立ち並ぶレストラン街。みんなの憩いの場となっていて、それはもはや巨大な学内の楽園。ほとんどの者が研究や授業以外で大学の外へ出ないのは、ここが存在するからに他ならない。世界中のメーカーがこぞってこの大学のクリスタル・シティでの出店を狙い、日々争いを繰り広げているのは業界では有名な話らしい。
無数の建物に付随する無数の輝くネオン。歩く人々の笑顔はそれ以上に輝き、それはまるで日中の厳しい勉学を忘れるための潔い明るさにも見えた。
そこに恥ずかしげもなく写真で自撮りする者がいる。
「あのーレオ? そろそろ行かない? もう10分くらいこの場にいるけど……」
「俺たち、あの、クリスタル・シティにいる! 何枚撮ったって撮り切れないぞ!」
レオの楽しそうな顔をあと5分は眺めた後、ようやくレストラン探しが始まった。
「悪い悪い。親から散々聞かされてたから舞い上がっちゃって。さて、水奈は何が食べたいんだ?」
「うーん。アメリカと言ったらやっぱりハンバーガーかなー」
その言葉を聞いたレオは、それなら俺に任せろと嬉しそうに胸を張ってハンバーガー屋を探し始める。すると、すぐに目星を付けたらしく、歩く歩道に乗った。
まだ完全には灯っていないネオンの街並みを楽しんでいると、正面にある商業施設の上からは観覧車の上半分が見え隠れしていた。ちゃんと回っているし、ライトアップもされていてお客も乗っている。
……みんな考古学を学びに来てる人たちなんだよね?
あのピラミッド以降、考古学的なものを一切見ていないので、ここが本当にあの有名な大学なのかどうか疑ってしまう。それほどに賑やかで華やかで居るだけで楽しかった。
レオが指をさして案内してくれたのは、「ザ・ゴールデン・ブラウン」と書かれた白と黒の看板に赤いネオンがかかっているお店だ。まるで西部劇のワンシーンで使われそうな木造二階建ての建物。木造だから中は寒そうだなと懸念し、スイングドアを押して中へと入る。
真正面にはカウンターがあって大小のお酒がびっしりと棚に並べられ、そこではスタッフが忙しそうに動いている。辺りには丸い木のテーブルが並べられ、二階席も少しあるみたいで階段も見える。蛍光灯はなく、すべて豆電球を天井からぶら下げていて、店内はほのかに暗かった。外見通りの内部に安心感というかこれだよねという感じ。とてもウエスタンな雰囲気だ。
カウンターに近いテーブルを二人は選ぶ。どこのテーブルを見ても大きなハンバーガーにかじりつくお客ばかり。
「西部劇を再現したかのようなお店。美味いハンバーガー。最高なんだぜ、この店は」
「日本では似たようなお店なかなか無いから楽しい」
「なら良かった」
紹介したレオの方がより嬉しそうで、カウボーイ風の格好をした店員を呼ぶとご機嫌な感じで注文をしている。
「西部劇って良いよな。保安官や盗賊団が出てきて、荒野を馬や汽車で走ったり、拳銃で撃ち合う決闘とかさ、こう好奇心をくすぐられるんだよ。分かってくれる?」
「自分の好みではないんだけど、言ってることは分かるかも。すべてがはっきりしてるよね、正義と悪。勝ち負け。レオはシンプルな世界が好きなのかもしれないね」
「俺の言いたいことはそれ! 水奈は良いやつだなー。男にしておくのは勿体無いくらいだ」
「こらこらこら。きもいこと言わないの」
そうこうしているうちにアツアツのハンバーガーがやって来た。アメリカの洗礼とばかりに分厚く具が溢れそうになっているハンバーガーの横にはピクルス二本とそして山盛りのポテト。本場にやって来た時点で鼻からボリューム問題など諦めている。初日くらいどっぷり浸かってやると水奈は、顎が外れてしまわないか心配しつつ、ええいとハンバーガーにかぶりついてやった。
口にソースをベッタリと付けたまま、
「おいしー!」
なんていうものだから、アメリカ人のレオは食べるのも忘れて喜んでいる。
レオがさらなる感想を聞こうと話し出したところ、突然、二人の皿がテーブルの上で跳ねた。誰かがテーブルを叩いたらしい。
「キミ、新入生でしょ? 良かったら先輩たちがクリスタル・シティを案内するけど、どうだい?」
楽しい食事のひとときを、邪魔する者たちが現れた。
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