エピローグ
笑顔の四人
それは、水奈が帰ってくる数時間前のこと。
水奈と父親が口論をしたあの部屋で、ことは起こっていた。
テーブルの上には隙間が無いほど大量の写真が並べられていて、お茶もできない状態となっていた。それを嬉々として見つめる一人の男性がいる。
「はははっ、驚いてる驚いてる!」
「これは朝ベンチで起きた時の写真ね。その後すぐに泣きそうになってたの。可愛かったー」
女性は天井を見つめながらその時の光景を思い浮かべニヤニヤしている。その間にも男性は次々と写真を手に取り一枚ずつ顔に近づけ凝視していた。写真の中に入り込み、まるで自らもその場にいたかのように想像を膨らませていくのだ。
「ここまで運ぶの思ったよりすっごい楽だった。お父さんから貰った薬のおかげでね。なんせ水奈は普通に起きてるんですもの。ただし言うことを良く聞くだけの人形状態だったけど。しかも薬が効いてる間の記憶は無いだなんてすごすぎ。どこであんな怪しいもの手に入れたの? あれ悪用し放題よ。ほしいくらいだわ。取材に使えそう」
「すごいだろー、あれは古代薬を研究している考古学者の友人に貰ったんだ。何に使うかちゃんと説明したら一錠だけという約束でくれたのさ。息子をひと回り成長させたいという理由でね」
この親子、側から見たら大変危ない部類の者たちなのだ。
女性はソファに座ると写真をそこから眺めながら先日までの出来事を思い出す。
「とにかく尾行の旅は楽しかった。しかも対象が可愛いわが弟となれば別格にね! でも、一度だけバレそうになったの。町の外にブドウ畑があるじゃない。そこに隠れてたら気配を気づかれたらしくて。あの時は冷や冷やしたわ」
「ほーほーほー。水奈もやるようになったじゃないか。謎解きの方はどうだったのかな?」
「そっち方面はてんでだめ。途中で助け船出すしかないなと思ってヒントとして雑誌を置いてみたりしたけど」
まあそこはこれからさ、と父親は水奈をかばう。
父親は一枚の写真を手に取ると、突然息を荒げた。
「これが、もしかして、礼儀寿美香、さん?」
「そうよ。噂の寿美香さん。今回の私たちの作戦の中で予想外だった登場人物の一人よ。この子のおかげで水奈はいい経験ができたんじゃないかしら」
「かわいーなー!」
父親の反応を間近で見た姉は顔をしかめる。
「……エロオヤジ」
「おいおい、褒めてるだけだぞ」
「はいはい。それと可愛いだけじゃないのよ。寿美香さん、とっても強いわよ」
「え、こんなに美人なのにか。どっちが強い?」
水奈の父親は、写真と姉を交互に指さす。
「言わなくても分かるでしょ。でも、私の学生時代の頃とそっくりなのよね。ジャーナリスト目指してるし」
「そうか。なら、いいライバルができるかもな。楽しみだな」
「ええ、彼女ならすぐに這い上がってくるでしょうね。足も速いし戦いの場面じゃわたしの出番は無かったわ。それに、予想外の登場人物二人目もそこにいらっしゃったしね」
父親はまた別の写真を手に取る。
「はははっ、まさかロバートさんが来ていたとはな。あとでお礼の電話をしておかなければ」
「あの子、ロバートさんのこと知らなかったのよ」
姉がため息まじりにそう言うと、父親は慌て始める。
「……あとで謝りの電話いれなきゃ」
その後も姉の知っている情報をすべてインプットしてやろうと、父親は写真の写っている場面はどんな状況だったのか逐一聞いていった。
姉はとっておきの一枚を手に取ると、おもむろに父親の目の前にそれを置いた。
父親はそれを見た瞬間、姉と同じ表情となる。
「水奈も隅に置けないな」
「作戦は成功。ひと回り大きくなったってことよ。少し寂しいけれど」
それは、水奈と寿美香が仲良くあのセント・エビリオンの町を歩いている時の写真だった。水奈は寿美香に腕を組まれ少しだけ引っ張られていた。
そこには、輝く二人の笑顔が映っていた。
「ただいまー」
父親と姉がニヤついていると、玄関からは待ち望んでいた声が聞こえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます