41.ただいま
その後も大変だった。寿美香は両親にこっぴどく怒られ、そして水奈は彼女の両親に謝られた。もちろん水奈は怒ってなんかいなかったし、むしろこっちが彼女に謝りたいくらいだった。食事は豪華で久々の日本食に喜び、遠慮しながらも残さずごちそうになった。
しかし、その日、寿美香は部屋に顔を出してはくれなかった。
翌朝。寿美香のお母さんがわざわざ玄関まで水奈を見送リに来てくれたのだ。
「お世話になりました。あの、本当にお代は……」
「いいんです。うちの娘がお世話になったのですから」
「すみません、ありがとうございます。あと、あの、寿美香さんは?」
「あれからずっと部屋に閉じこもっていて。今も呼んできたんですけど。本当にごめんなさいね」
「いえいえいえ。私がひどいことをしてしまったんです。寿美香さんによろしくお伝えください」
丁寧にお辞儀をして水奈は旅館を後にした。車道に出てもまだ寿美香のお母さんは上品に手を振ってくれていて、水奈も振り返した。
こんな別れ方は嫌だった。
バス停の前で待つ。バスはもうじきやって来るだろう。
「水奈ー!」
宿の方から寿美香が走って来た。彼女にしては珍しく息を荒げていた。それだけ慌てて来てくれたのだ。
「はあ、はあ。水奈、約束、しなさい。アメリカの大学に行っても、連絡、しなさいよね」
「うん、もちろん!」
バスが道の向こうに見えた。
「最後に、聞いてもいいかな?」
「ええ、何?」
「あの洞窟でさ、寿美香が飛び出して行った時、力を貸してくれって言ったじゃない」
「そうね。覚えてるわよ」
「あの時はそれどころじゃなかったけど。正直驚いたんだ。ばれてたんだって」
「何となく、ね。市役所で市長に会った時とか、それ以外でも不審なところあったし。それで博物館で館長さんにTOPの話を聞いて確信したのよね」
「じゃあ、なぜ分かったうえで一緒にいてくれたの?」
「なぜって……」
「気持ち悪いでしょ、こんな能力。恐ろしいじゃない」
それはずっと抱えていた、泣き言とも言える水奈の本音だった。言ってしまった後悔と甘えてしまった申し訳なさで、水奈は早くバスに乗り込みたくなってしまう。
「痛ったー!」
そんな水奈の頭を寿美香は引っ叩いた。
「馬鹿ね、馬鹿よ。水奈が今までどんな苦労をしたのかは知らない……。けれど、すごい能力だってことはあたしにもよく分かるの。だって人の心が読めるのよ! 世界にそんな人いる? 水奈は特別なの。もっと自分を誇りなさい。その能力は使う人次第なんだから。持ち主が水奈で良かったわ。だからあたしは何も怖くないの」
寿美香はそう言い放ち、太陽のようにニコッと笑った。やはり水奈にとって彼女は太陽だったのだ。
バスが二人の目の前で停車し、扉が開いた。
「寿美香」
「ちょっ、来たわよ、早く乗りなさい」
寿美香は強引に水奈をバスへと乗せた。
「元気でやんなさいよ!」
「ありがとう。寿美香もね!」
バスが出発する。
湿っぽいのは苦手だ。二人は笑顔でお別れをした。
温泉街を離れ、水奈はまっすぐ家へと向かう。
宿でのおもてなしのおかげで身体の疲れはすっかり取れたし、寿美香のおかげで心も軽くなった。あとは帰るだけでこの旅も終わる。
電車の中で水奈はあることに気がついた。まだ開けていなかった。それはロバートさんから最後に手渡された例の封筒だ。宿で寿美香と一緒に見たかったが仕方がない。後で彼女には内容を教えよう。
丁寧に封を剥がすと中からチケットらしきものが二枚出てきた。
水奈は、はっとした。
『大英博物館 館長 ロバート・Z・タナストーン 招待券』
『注意事項 入場口で当チケットをスタッフまでお渡し下さい。館長がお迎えに上がります』
英語でそう書かれていた。
水奈は思い出した。自分の父親が嬉しそうに語っていた考古学者ランキングのことを。この人とお会いできたんだと、雑誌を両手にかかげながら自慢する父親をうっとうしく思い、軽く聞き流していたあの時のことを。
ロバート・Z・タナストーン。現在の大英博物館の館長にして、世界の考古学者ランキング第二位の権威。ロバートを知らないことに市長が驚いていたこともこれで納得した。
恥ずかしい。これでも考古学者の息子で、しかも大学に行く身なのに。
今からでも間に合うだろうか。なりたいとか、なりたくないとか判断はまだできないけれど。でも、今回の一件で考古学者というものに対して少なからず興味を持ったことは事実だ。とりあえず、目指してみようかな。こんな事言ったらお父さん喜んじゃうだろうな。それは嫌だな。親の思惑通りな気がして。
家はもうすぐそこだ。
数日ぶりの家はなんだか違って見えた。
「ただいまー」
水奈の元気な声に父親が飛んで出迎える。
「おおー、水奈―! おかえりー! おいおい、なんだかたくましくなったんじゃないか。すり傷も作っちゃって。で、どうだった?」
水奈はリュックをゆっくりと下ろす。
「はー。その前に」
水奈はゆっくりと右足を後ろへ引く。
「その前にさ」
「うん?」
何度も見たあの動き。見よう見真似でやってみよう。大丈夫。できるよ。だって実際この身で受けたのだから。
「他に、言うこと、あるだろうがー!」
水奈の容赦のない蹴りが父親に炸裂し、この閑静な住宅街には似つかわしくない音がした。
やはり寿美香とのコンビネーションは抜群だった。
父親が悶絶をしている姿を見て、あらためて寿美香に感謝する。
「ただいま、お父さん」
水奈は、ようやく初めての旅を終えたのだった。
その顔は何だか穏やかで満足げに見えた。
父親の悲鳴は二階にまで響き渡っていた。この階には水奈の自室があり、今か今かと主の帰りを待っている。
勉強机には、考古学に関する本はほとんど置かれておらず、代わりにあるのは高校の教科書と英語の書籍だけだった。もしかしたら今後、品揃えが変わるかもしれない。それはこれからの本人次第だ。
そして、机の上には見慣れないものがひとつ。破られた封筒の上には、一枚の羊皮紙が重なって置かれていた。そこにはこう書かれていた。
『火向井水奈 殿』
『最先端考古学研究第三機関大学への入学に伴うご案内および選抜試験の開催について』
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