35.セント・エビリオンの真実

 五人になったメンバーは、再び地上を目指すことに。


 何回もの分かれ道を経てたどり着いた先は行き止まり。そこには細いハシゴがかかっていた。軽快に登っていく市長とロバート、そして少年。寿美香と水奈はまさかと思いながらついて行く。コンコンと上で何かを叩く音。その後に軋む音がしたかと思うと、光が洩れた。ハシゴの終点を登り切ると、建物の内部に出た。この柔らかなオレンジの壁とオレンジのライトには見覚えがある。


「寿美香と来たカフェだ……」

 そう水奈が呟いた場所はまさしく二人が出会ってすぐに訪れたカフェの店内、のカウンター裏だった。二人が協力をしようと約束をしたあの場所だ。もうずいぶんと昔のことのような気がするのは、それだけここまでの内容が濃かったということだろうか。


「さて、マスターは、と」

 市長がマスターを探しにうろつくと、店内はざわめいた。おしゃべりに夢中な奥さんたちも農作業を終え昼間から飲み始めていたおじさんたちも、毎日開催されている老人会に出席中のご老人たちも「市長だ!」「市長さんが来た!」と各々の雑談を中断し彼に群がり始める。


「市長、一緒に飲みましょう!」

「こっち来てまた面白い土産話聞かせてくださいな」

 市長は笑顔で一人一人に対し丁寧に断りを入れる。

「すまない。今日は客人を迎えているんだ。ぜひまた誘ってほしい」


 店内の騒がしさにマスターが外から戻って来た。

「市長じゃないですか! ようこそいらっしゃいました」

「やあ、マスター」

「もしかして、例の扉からお越しに? 珍しいお連れもご一緒で」

マスターと呼ばれるエプロン姿の男性は、水奈と寿美香、ロバートを見て不思議そうな顔をしている。

「まあ、ちょっと訳ありなんだ。それよりも、先ほど憲兵隊をこの店に来るよう呼んでいるのだが」

「ええ、ちょうど市長をお待ちになっている憲兵隊の方が今店の前におりますよ」

「それは良かった。よし、おいで、ぼうや。私と行こうか」

 市長は少年を引き連れ店の出口まで行くと、憲兵隊と一言二言話し、少年を彼らに預けた。

「市長さん、もしかして」

「彼らにホテルまで送るよう頼んだんだ。これで安心だろう」

「ええ、ありがとうございます」

 水奈と寿美香は、よかったねとお互い微笑みあった。


「マスター、待たせたね。お願いできるかな」

「分かりました。それではいつもの場所にご案内します」

 マスターは、張り切った様子で案内をしてくれた。

もちろん、あのテラス席だった。

 寿美香は、洞窟内で市長にどうせならとあのカフェで水奈と座れなかったテラス席でお茶をしたいと提案をしたのだ。


 案内された先は天井の草木に加えて、背の高い観葉植物まで置かれている。鉢と鉢の間から足を踏み入れると真っ白いクロスが敷かれた大きなテーブルが現れ、そこはもう森の中。周りを見ると、こんな風に演出された席はどうやらここだけらしく、特別感が伝わってくる。

 ロバートは一番に椅子に座ると二人にもそれを促す。

「気に入りましたか? 私も何回かここで食事させてもらったことがありましてね。なんでも市長専用の席だそうですよ」

「さすが市長さん、すっごいじゃない! まさしく職権乱用ね」

「あ、いやっ、ちがっ、……わないのか、ははは。私はここの紅茶とブドウのタルトが大好きで小さい頃から通っていてね。市長に選ばれた時にはお祝いだと言ってマスターが用意してくれた席なんだよ。だから寿美香君がこのお店に行きたがって少し驚いたんだ」

「水奈とここで食事しましたし、私も滞在中一人で何度か。いいお店ですよね。確かにご飯も美味しかったです」

「紅茶とタルト……」

「水奈君も気に入ってくれそうだね。みんなもそれでいいかな? ロバートも大丈夫かい?」

「私はコーヒーだけで結構ですよ」

 市長はずっこける仕草をする。

「君はぶれることがないな〜。イギリスに住んでるのにまだ紅茶の美味しさに気づかないのかい。容姿にもすごく似合うのにもったいないぞ」

「私は一刻も早くフランスに戻りたいのでイギリスに馴染むつもりなどありません」

 ロバートはため息をつき、帽子を取った。

「まったく。君は贅沢だな」

 それでも市長は嬉しそうに笑うと、隣でスタンバイしていた店員にいつものやつを人数分、彼だけはコーヒーね、と注文する。

「あっ、寿美香君。ちなみにタルトに使われているブドウは町の周りで採れたブドウだからね」

 お茶目な市長の物言いに寿美香はたじろいでしまった。


「それにしても驚きました。このお店とブドウの木、それから教会が地下でつながってるなんて」

 うんうんと寿美香もうなずく。

「それは半分、正解ですな」

 ロバートがそう指摘するやいなや市長を見つめ何かを促し始める。

「分かってるさ。ここまで来たんだ。この子たちには話すよ」


 市長は一回咳払いをすると二人に向き直る。

「驚くのはまだ早い。あの地下はもっと広大なんだ。君たちは教会の方から入った。ご存知の通り木にたどり着くまでに仕掛けや罠があっただろう。つまりあちら側は侵入者用のルートなんだ。ブドウを狙う盗賊が昔はさらに多くいたと聞いている。毎日二十四時間監視するのも大変だからね。いっそのことあえて侵入させてしまえと色々と張って捕まえると言う寸法さ」

「アロハたちも逆側から罠をかいくぐってやって来たんだと思ってた。じゃあ私たち、まんまとそっちのルートに……」


 寿美香は愕然とする。地下へのルートを見つけた時はあんなに喜んだのに、あれは何だったのだろう。

「残念ながらね。この町としては作戦大成功というわけさ」

「反対側が歩きやすい道に作られていたのはそういうことだったんですね。でも、おかしいと思うのは、アロハたちはなぜこのカフェに隠し通路があると分かったんだろう」

 水奈の疑問にロバートはニヤリとした。

「そう、そこなんだ。おそらく確率から行ってカフェではないだろうな」

 ふん、とロバート。

「あなたの悪い癖が出ましたね。もったいぶるところは昔からですな」


 ますますわけが分からなくなる水奈の様子を楽しそうに見ながらも助け舟を出すロバートは本当は優しい人なのだろうか。そして、そうかなーと照れる市長は紅茶を一口。


「実は、あの木へはね。この町の全ての建物から行けるようになっているんだよ」

「え!」

「うそ!」

「ふふふ、本当さ。どの家からでもあの地下通路に降りれるんだ。だから帰り道はあんなにも枝分かれしてたのさ。なぜ作られたかって? 住民全員がブドウを守るためとブドウはみんなのものであるということを実現してるんだよ。昔の人の努力と技術には頭が上がらないよ。本当に感謝しかない……。それと先ほどの話に戻るとだね、あの三人組がカフェから侵入したとは考えにくいことがこれで分かってくれたかな。ここだとカウンターの所に出入口が設置されているんだ。こんな目立つ所からわざわざ侵入するとは考えにくい。おそらくだけれど。農家も多いからね、朝から家族みんなで農作業に出かけることも少なくないんだ。三人組は強盗を繰り返しているという情報もある。そんな手薄な家に忍び込んだ際、偶然地下通路を見つけたというところだろう」

「もしくは、事前に情報を仕入れていたか、ですな。あの複雑なルートは私でも簡単にたどり着けるものではない。あやつらにそんな強運があるとも思えないですし」

「情報が漏れていたと言うのかい? いや、それはありえない。みんながばらすとは思えないな」


 市長とロバートは、真相を思案しながら紅茶とコーヒーをすすった。


 ロバートはひとつだけ思い出したことがあり、コーヒーカップをテーブルに戻した。

「ふむ。それか昨日あなたが話してくれた記者の子はどうですか?」

「ああ。あの子は信用できる子だ。絶対ないさ」

市長は、すかさず首を横に振り、自信を持ってそう答えた。

 一体誰のことだろうか。



 四人が優雅なお茶会に興ずる頃。時を同じくして、町の郊外にある林には一台の車が人目を隠すようにして停められていた。そこへ息を荒げ脇腹を手で抑えながら歩く男がやってきた。その表情は苦悶に満ちていて、戦地から帰還したかのような有り様であった。高級なスーツは所々が破れ穴が空いており、顔は黒く汚れていた。

 その男は車に乗り込んだかと思うと、ハンドルに顔を埋めた。一分ほどそうしていたのだが、おもむろに顔を上げ、一人血走った目で前方を睨みつける。

「くそっ! くそっ! くそっ!」

 すると、ハンドルを手で力任せに叩き始めた。

「はーっ、はーっ。ジョセフめ、覚えておけよ。ただじゃ済まさないぞ。学生の分際でよくも私の邪魔を! ……そうか。そうだよなー。私より強くとも、所詮は第三機関の身分だ。あははははっ。そうだ。第一機関の私に敵うはずなどないのさ。私を怒らせたことを後悔させてやるぞ! あははははっ!」


 男は引き攣るような笑い声を残し、このセント・エビリオンを去って行った。

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