31.決着

 水奈は寿美香を信じている。だからこそ彼女の横を通り越し、さらにアロハもスルーした。

 直後、水奈の視界がスローモーションになった。やけに持っている懐中電灯の重さを感じる。自分の息づかいがはっきりと聞こえてきた。


 走りながら懐中電灯を振りかぶる。軸足が地面と接触し自然と摩擦でブレーキがかかり、同時に前に押し出した腕は放物線を描く。握手を求めるように手のひらを垂直にし懐中電灯を放り投げた。

 的はもちろん、背の高い手下の右腕。当たるか自信は無かった。でも当たらなくても問題は無かった。当たるかもしれない、そう思わせるだけの弾道がそこにできれば良かったから。


 懐中電灯が縦に回転しながら遠ざかっていくのを見届けると、狙いが上手くいくよう願いながら、それを追うかたちでさらに水奈は駆け出した。


 レクタンは水奈が懐中電灯を取り出すのを見ていた。サングラスをかけているのだ、目を照らされたところで平気だ。じゃあ一体あいつは今から何をする気なんだ。


 そう疑問に思った時にはすでに水奈が振りかぶる体勢となっていた。

 ここで初めて懐中電灯を投げてくることを察する。レクタンは頭の中では避けようと考えた。しかし、避けようとしたができなかった。なぜなら今怪我をしている右腕が狙われているからだ。

 自身の急所や弱点が狙われた時、人は回避するのではなくそれを咄嗟に庇おうとしてしまうのだ。例外はあろうがそれが生き物の常であり条件反射だった。水奈はそれをよく理解していた。


 レクタンも例に習い、咄嗟に背中を向けて右腕を庇う。彼の背中に懐中電灯が鈍い音を立てて当たった。体の内部に痺れるような痛みが走る。その痛みが消えるやいなや、今度は水奈の捨て身のタックルを浴びることとなった。


 そのまま地面に倒れ込む二人。


 レクタンを下敷きにすぐに起き上がった水奈の顔に、屋内で起こるとは到底思えないほどの強い風が触れた。


 遅れて、先の方でドサッと重たい音がした。


 水奈が見たものは、壁に背中から激突して前のめりに倒れこむ、またもや割れたサングラスにひん曲がった口ひげをしたアロハの姿だった。前回と違うところと言えば、今回は前歯が欠けていることくらいだろう。


「す、寿美香がやったんだよね! ナイス!」

「当然!」


 ガッツポーズをした寿美香は、すたすたと軽快に歩いて来て、水奈の下で伸びているがまだ意識のある、背の高い手下が庇っている右腕を(加減して)踏んだ。

 もちろん、そいつは意識を簡単に失った。


 残るは太った手下だけ。寿美香がギロリと睨んだ時にはすでに両手を上に挙げて降参のサインを出していた。泣いていた。


「水奈、かっこよかったわよ」

「えへへ。少しは役に立てたかな」

 二人は自然と抱き合い、お互いの健闘と無事を喜ぶ。


 パチ、パチ、パチパチパチパチパチパチパチパチ。


 そこへ、水を指すような拍手が起こり、そしてその音は寂しく消えた。


 すぐ近くに、初老の男性が一人立っていた。

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