28.争奪戦
先を見ると通路は続いている。思いっきり飛べば水奈でも穴を飛び越えて向こうの通路へ渡れるかもしれない。自分が安全なルートから行くことで、寿美香を救う手だてを模索できるかもしれない。二人とも落ちたらそれこそお終いかもしれない
そんなことを考えた時にはもうすでに水奈も坂を滑っていた。自然と身体が動いたのだ。
坂は直線の後、緩くカーブしていた。
寿美香の声が聞こえなくなったので心配していると、急に坂道が終わり水奈は空中に放り出され、お尻から地面に着地した。
「いったーい!」
地面がゴツゴツしていて余計に痛かったのだ。そしてさらに寿美香に抱きつかれたことで背中から倒れ、さらに痛みを感じることに。
「水奈ー! 怖かったよー!」
「け、怪我はない?」
「うん」
「寿美香でも怖がること、あるんだね」
「落とし穴なんて生まれて初めてだから。びっくりした。すごく怖かったの」
水奈は、寿美香が無事であることに何よりも安堵した。
二人が滑り落ちた先は洞窟となっていた。先ほど歩いていた通路とは違って、ここは岩がむき出しになっているし、地面もでこぼこしていて非常に歩きづらそうなのだ。
壁の側面には大きな穴が空いていた。二人はここから出てきたのだと分かった。
洞窟は前と後ろどちらにも続いており、とりあえず今までと同じ方向へ進むことにした。幸いにも地面に置かれたランタンのゆらめく灯りが洞窟内を照らしているので、どうやら転ぶ心配はなさそうだ。
これ以上、罠に引っかかりたくない。水奈の怖がりと寿美香のプライドもあったせいか、意外にもその後は平和に歩を進めることができた。
「寿美香、あれ見て!」
この洞窟に入ってから幾度目かの角を曲がった時だった。前方に道の区切りが見えたのだ。それは通路がこの先で終わることを意味していた。
あそこを抜けると、どうやら広い空間に出るらしいことを察知すると、歩みを遅め耳を澄まし人の気配を探る。しかし、相変わらず自分たちの足音だけが響き渡るだけであり、そして空間内の様子はまったくもって未知数であり、これからは勇気のいる行進となる。
水奈は感じた。ここだ、と。あの空間には探し求めていたブドウがある。なぜだろう。言いようのない確信めいたものがあって心がざわついた。
にもかかかわらず、嫌な予感もした。この先に踏み込むべきではないと別の誰かが警告している気がして、新たに現れたその不安によって先ほどの興奮が強引にかき消されていく。
今の自分の気持ちに整理がつかず、自身のこれからの選択に自信が持てないでいた。安全を取って寿美香を引き留めることがはたして正しいことなのか。苦労してたどり着いた先なだけに何と言えば良いのか言葉が詰まる。
一体誰が彼女を止められるんだろう。日本から遠く離れたしかもこんな片田舎に単身で乗り込んできて、夢を叶えるために前へ突き進む女の子を。今まで親の言う通り過ごしてきた自分にはそんな権利なんて無い。なら、せめて、助けたい。いつも全力で、何者であっても立ち向かう。妥協の二文字を未だ知らなくて。そんな羨ましくて眩しい私の目標となるべき彼女を助ける。何があっても。そうすることで少しでも……。
二つの意思が本人たちの知らぬまま繋がっていく。いや、前からそうなっていたのかもしれない。互いが思いやりを持ち、フランスの地で日本人が輝きを増し始めた。
強い意思が二人の踏み出す力に加わり、一歩一歩が大きくなっていくと通路の終わりが間近になってきた。彼女らの心構えは十分過ぎるほど。あとはたっぷりの勇気と少しの知恵があれば完璧なところまで来ていた。
辺りの静けさが一層深まったことで寿美香もこの先に何かがあることを感じ取る。水奈が後ろをぴったり付いて来てくれていることを確認すると安堵して、そして飛び込んだ。
足場が急に石から土へと変わり、景色は一変する。内部はさらに広い洞窟になっていて中央部分は窪でいて崖となっており、底は暗く見えなかった。一か所を除けば全体的にはほの暗い場所だった。自然と目線は明るい方へと注がれる。
空間の奥には一本の木。上から細く降り注ぐ太陽の光に照らされながら、この場所の主役であることを告げていた。こんな場所に植物が存在する不自然さが特別なものであることを感じさせる。歪みながら上へと登る幹には無数の平たく青々とした葉っぱが重なり合い、その陰に隠れるかのように探し求めていたものがそこにあった。そう、紫色の丸い物体。
噂は本当だったと叫びたくなる。
それを証明するために今まで突っ走ってきた寿美香の額からは汗がこぼれ、そして鳥肌が立ち全身が燃え上がった。
「おー、お嬢ちゃんたち!」
意外な声が二人の耳に飛び込んできた。方向からして声の主は前方に居ると思われる。
びっくりして木から目を離した水奈は、三人の人影を確認した。目を凝らすと予想通り。水奈がこの町に来て怪しいと思った人物であり、そして寿美香を騙し寿美香にぼこぼこにされた、あのアロハ姿のヒゲ親父だった。しかし、先日会った時とは別人のような気がしたのは、何も服装が黒のスーツに変わっていたからというだけでなく、低く情の欠けた声と落ち着いた物腰からだろう。どうやら相手は、先日の歓迎ムードを捨て去り、警戒心の塊のような臨戦態勢を取っていた。
先日ともう一つ違いがあるとすれば、後ろの二人組みの存在である。背が高く線の細い男と背が低く恰幅の良い男。同じく黒スーツに身を包み黒いハットのつばの影からこちらを睨んでいる。正確には睨んでいるだろうということだ。サングラスをかけているので表情は判別しにくい。しかし、自分たちの存在を快く思ってないことだけは雰囲気で察した。理由は決まっている。
奴らの目的は私たちと同じあのブドウに違いない。どうやってここまでたどり着いたのかは分からないが、崖を挟みちょうど反対側の入口から現れたということは、別の潜入方法があったということだ。
「いやーまさかこんなところで、またまた、奇遇ね」
口だけが笑っている。ゆっくりしゃべるところからして考えながら話しかけていることは明白だ。
どうする。相手の出方を待つか。攻めるか。……待って。寿美香が静かすぎる。まさか!
水奈は慌てて隣を確認するが、寿美香はすぐそばに居てくれていた。ほっとしたと同時に不思議に思ってしまう。寿美香のことだから何も言わず、もっとこう後先考えずブドウのもとへ駆け込んでるんじゃないかと。
「水奈、走るわ」
三人組を見据えながら提案をしてくる無表情の寿美香。
「いくら寿美香が走って行っても、あれじゃ……」
水奈は自分たちの進む先を見て不安に思う。
「心配いらないわ。それよりもその先が危険よ」
三人組が動きを見せる。アロハは水奈たちの方を向いたまま、後ろの凸凹コンビに何やら話しかけている。
「お嬢ちゃんたちー、あれが目当てよねー。実は私たちもそうなのよー。奇遇、奇遇、これまた奇遇ねー」
アロハは平坦な声を出し終えると、ブドウを指さしていた手をゆっくり胸元へと持って行き、慣れた手つきでスーツから光る物体を取り出した。
「邪魔しないでもらえると、ありがたいんだけどねー」
そして、ゆっくりと微笑んだ。
銃を見て水奈がピクリと反応する。生で見たことは何回もある。実際に触った経験だってある。しかし、足が震えて仕方がない。自分に対して殺意を持った銃がこんなにも怖いものなのだと実感し、人を簡単に動けなくさせることができる武器なのだと痛感した。
今ここが現実だと認識するのが精一杯の水奈の心は、今、一つの銃によって完全に壊されようとしていた。
しかし、構わず寿美香は体をブドウの方へと向けた。
「水奈!」
水奈に気合を入れるための力強い声。そして震えていた声。
「あなたの能力、あたしに貸しなさい!」
寿美香は精いっぱい叫ぶことで自らをも鼓舞し、その勢いとともに地面を蹴り飛ばすと、水奈が声をあげるより先に駆け出した。
水奈の驚きと同時に争奪戦は始まった。
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