第6章 輝く
27.仕掛けと罠
隠された通路の内部は意外にも明るく、等間隔で壁に設置されたライトが二人の進む方向と足場を照らしてくれていた。
暗闇の中を導くその優しい光たちが何だか味方に思えてきてしまって、先ほどまでとは打って変わり歓迎されているような気さえした。
しかし、それでも水奈はバッグの中で眠らせていた懐中電灯を引っ張り出すと目の前を照らしながら歩くのだった。できる限り明るくすることが自らの不安をかき消す唯一の方法だと思っているらしい。
「どうぞ先行ってください」
水奈の怯える顔が懐中電灯で照らされた。
「うわ、怖いわよ。それ持ってるんだから先頭に立つのは当たり前でしょ」
「先頭怖いんです」
「なら懐中電灯消しなさいよ。意味ないんだから」
「暗いともっと怖いんだもん」
「可愛いこと言うわね。って押さないでよ」
水奈は寿美香の後ろに回り込んで彼女の背中にしがみつく。
「懐中電灯も持って」
「あーはいはい、分かったわよ、まったく。すぐ人の後ろに隠れる癖、治しなさいよ」
あたしだって怖いんだからねとつぶやきながら先頭を交代してあげる寿美香。彼女からすれば水奈はか弱い女の子であり守るべき対象だ。責任感が強く義理堅いから、自分のわがままに付いてきてくれるその人の要望は可能な限り叶えてあげるつもりだ。だから多少の文句を言うことくらい許して欲しいけれど、と寿美香は付け加える。
寿美香は耳を澄ました。
「よし、何も聞こえないわね」
「音が聞こえないとそれはそれで怖いね。あーやだ」
頭を振り嫌がるそぶりを見せる。
「上で言い争いしてた時の水奈はどこへ行ってしまったのかすごく疑問ね。それにしてもこのライトが気がかりなんだけど。これってこの時間でも人が通る可能性があるってことよね」
「……」
水奈は黙って寿美香の足元に視線を下ろし、この一本道を歩くことに集中していた。
本人の希望云々は置いといて、とりあえず考古学者になるのはこのビビリ具合からして、かなり厳しいのではと思ってしまう。教会での謎解きはすごく感心したけれど。ご両親はこのこと知ってるのかしら。そうね、知っていたとしても大学に入らせるでしょうね。水奈の話から容易に想像できる。かわいそうに。あたしと同じ。と思いたいだけなのかな。少し楽になるから。だとしたら、あたしはその縛りから抜け出すために今ここにいるわけなんだけど。そういえば水奈はどうなんだろう。むしろこの状況って、まさに考古学者的なことをしているんじゃ……。あれ、今さら気がついた。どうしよう。ここまで来て戻れない。ごめんなさい。
日本に無事に返すことは当然として、他にあたしにできることがあれば何だってしてあげよう。固い決意を抱き、一人で抱え込みそして、胸の中にそっと閉まったのだった。
「危ない!」
水奈の叫び声がしたと同時に、背中を押されバランスを崩し寿美香は地面へと崩れた。
「痛っ」
まともな受け身も取れないまま胸を強打してしまった。痛みを堪え、顔を起こすと水奈も同じようにうつ伏せに倒れ込んでいた。
「な、何があったの?」
「あれだよ。寿美香があれを踏みそうになったから思わず突き飛ばしちゃったんだ。ごめん。怪我は無い?」
水奈の指さす方向には地面から不自然に飛び出た石のブロックがあった。普通に歩いていた程度では気づかない。水奈のおかげだった。
「うん、大丈夫。それにしてもあれは何なの?」
寿美香は先に立ち上がり水奈に手を貸すと、服についた汚れを払ってあげた。
「あれはきっと罠だと思う」
水奈はきっぱりと答えた。というのも親にさんざん聞かされていたので嫌でも覚えていたのだ。遺跡探検には必ずついてまわるもの、仕掛けと罠の話。
宝物を手にした先人たちには、二つの道が用意されている。
一つは、おのれの子へ宝物を引き継ぐこと。後世へ残すことを選び子孫の繁栄を願い、そして人類発展の糧となるよう希望を託すのだ。
それとは反対に自らの代だけで終わらそうとする者もいた。宝物が危険な代物だと判明したため。もしくは独占欲が強く永劫に所有したかったから。諸説あるがそれらが主な理由であると考えられている。宝物を他人の目から遠ざけなければいけない。自分たちが生きている間に手を打つ必要があったのだ。ある者は誰も知らない地へ赴きそこへ隠した。また財を成した者は、宝物のためだけに建物を建ててそこへ安置し、同時に権力をも示したのだ。ただそれだけではまだ足りない。おのれが生きているうちはまだ良い。自分が死んだ時に一体誰が宝物を守ってくれるのだろうか。毎日毎日心配でたまらない。特に独占欲が強い者にはその傾向が強く出ていた。他人はもちろん家族さえ信用できない毎日。だから人以外を使って宝物を守らせようと考えた。それ宝物を奪いに来たやつらを追い出すため、諦めさせるため、殺すために細工をする。そうして知恵を絞り長い時間を費やし作り上げた罠に満足し、ようやく安心して死んでいくのである。それが罠の始まりと言われている。
寿美香はいつの間にか水奈の説明に聞き入っていた。
「今のは罠ということだけれど、仕掛けとの違いって?」
「罠はさっき話した通り、侵入者を通さないためのもの。仕掛けはね、宝の持ち主のために作ったものなの。持ち主の中には、隠し終わった後でさえ安心できず宝物が気になってしょうがない人もたくさんいたんだ。だから宝物が今どんな様子か定期的に見たくなるの。そこで生み出されたのが仕掛け。罠をかいくぐり、最短距離で宝を保管している場所までたどり着けることができるようにしたの。もちろん仕掛けを解く方法は自分しか知らないから安心だよね」
「なるほど。書斎の棚が開いて通路が現れましたみたいな、あれのことね。それじゃあ、さっきの教会のステンドグラスや椅子も仕掛けってわけだ」
「そうそう」
「博識じゃない! 勉強になるなる」
水奈は寿美香に褒められたのが嬉しいらしく、話を続ける。
「それでね、仕掛けと罠って」
「水奈!」
気づけば水奈の片足が新たに現れた石のブロックの上に乗っかっていた。話すことに夢中だった水奈は、先ほどのように周囲に注意を払っていなかったのだ。
ガコンッ。
硬い音が鳴ると、二人の立っている真上の天井から砂ほこりが舞い始める。
そして静寂……。
ゴゴゴゴゴッ。
突然、地鳴りのような音と共に、両側の壁が突出し二人に迫ってきた。
「やばい! こっち!」
寿美香が水奈の腕を強引に引っ張り抱き寄せると、思いっきり前方へジャンプした。轟音と共に二人は再び倒れ込んだ。
先ほどまで水奈が立っていた場所はすでに石でふさがっていた。それは入口へは戻れないことを意味していた。
「水奈! 危ないでしょ!」
「ごめんなさい」
「これで胸を打つの二回目よ! これ以上小さくなるのは嫌よ!」
「あっ、えっ、そっち?」
寿美香に疑問を抱きつつも感謝を述べると、水奈は仕方なく進み始めた。
「ねえ、もうかれこれ三十分くらい歩いてるよね。ほの暗いし、罠はあるし、静かだし。もう気が滅入りそうだよ」
「水奈はびびり過ぎよ。むしろこんなの人が居なくて快適なくらいだわ。町の中と比べたらずっとこっちで過ごしたいくらいよ。あのね。あたしがついてるんだし怖がる必要なんてないわ。まったく、水奈は世話がやけるん、って! わわわっ!」
一瞬、水奈の視界から寿美香の姿が消えてしまった。
なんと彼女が歩いていた地面が突然斜めに傾き始め、下り坂になったことで前方に暗い穴ができてしまった。そこに向かって滑り台を滑るように、落ちていくではないか。
水奈は咄嗟に寿美香の腕を掴もうとするが、すんでのところで逃してしまう。
寿美香は反射的に滑り落ちないよう両手と両足を地面にくっつけ留まろうとするも、急勾配なウォータースライダーのように角度がえげつなく、どんどん下へと滑っていってしまうのだ。
「きゃー! 水奈ー!」
それは、初めて聞く寿美香の叫び声だった。
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