19.28355位……

 寿美香は明るい話題に切り替えることにした。


「ところで館長さんは、ランキング何位なんですか?」

「もしかして、考古学者のランキングのことですか?」

「ええ!」

「…………28355位、です」

「あーそう、なんですか……」


 水奈はぎゅっと目をつむる。なぜ、この子は、こんなにも空気が読めないのだろうと。


 だが、彼は笑ってくれた。

「たしかに、順位を重要視される方はたくさんいらっしゃいます。ですが、私にとってはこうして故郷の博物館の館長になれたことがとても嬉しいんです。私なんかよりもずっと実力があり、順位が高いにも関わらず、希望の場所へ行けない人だってたくさんいらっしゃいます。私は運が良いのですよ」

 そう話す彼の顔は、穏やかで本当に幸せそうだった。とは言え、こんな田舎の博物館で館長をやりたがる学者なんていないんですけどね、と照れ臭そうに笑った。


 寿美香の話題で暗くなるかと思われた雰囲気は、一気に明るくなった。

 水奈は感謝した。彼女の場を変えるパワーは凄まじいのだ。


「館長さんの専門分野はこのセント・エビリオンなんですね」

「ええ、そうです! 大好きな生まれ故郷の歴史や生い立ちを知りたくて。あのミニチュア、実は私が作ったんですよ」

「あれを一人で! すごいわ!」

「訪れた人たちに少しでもこの町を知ってほしかったんですね。その一心ですよ」

館長の顔はどこか誇らしげで、楽しそうに微笑むのだった。


 そういえばうちの両親も考古学の話をする時、いつもあんな表情してたっけ……。


「いやー、そこまで褒められると照れますね。でもですよ、それくらいの情熱が無いと考古学者は務まらないと思っています。研究に研究を重ね、何度も失敗を繰り返し、やっとの思いで辿り着いたと思えば、また新たな謎が出てきてしまった。そんな報われないことも多い学問ですから」

「へー。研究というよりも冒険しているイメージが強いのに」

「時と場合によりますよね。ジャングルなど未開の地に遺跡があったりすると、行くだけでも大冒険ですから」

「そう! そういう話が聞きたいの!」

 寿美香は、さあ来なさいよと手で仰ぐ。興味津々といった様子だ。ただし、この場で一番関心を持つ人物は彼女ではないのだが。


「では、遺跡のことから話しましょうか。遺跡というのは、昔の人が痕跡を残している場所を指します。人が住んでいた住居だったり、儀式に使われた祭壇であったり、王のお墓だったりと様々です。有名なところでは、エジプトのピラミッド、ペルーのマチュピチュ、カンボジアのアンコールワットなどでしょうか」

「それくらい知ってるわよ」

「館長さんは、自分たちに分かりやすく話してくれてるんだってば」

 館長は、いいんですいいんですと笑ってくれた。


「それではもう少し深くいきましょうか。われわれ考古学者は、大雑把に言えば歴史を研究している人たちのことです。過去にどんなことがあったのか、歴史の真相に迫るんですね。そのためには、まず証拠を集めていかなければいけません。しかし、過去の人に証言など求めることはできませんよね。ですので、『もの』が必要になってきます。昔の人が残した手記や文献、壁に描かれた絵や記号、生活道具や祭事道具、武器や装飾具、破片や傷あとなども含まれます。それらを総称して『アーティファクト』と呼んでいます。そのアーティファクトが遺跡には数多く眠っているのです。世界中に。先ほど説明した遺跡ですと、もはや遺跡全体が調査対象であり巨大な証拠の塊ですから、広く一般的にも有名になったんですね。とにもかくにも遺跡といいますのは、考古学者にとって研究の出発点であり、大切なものなのです。ですが、研究をするためには少なからず遺跡を破壊することにもなります」

「地面を掘ったりするから?」

「そのとおりです。何千年もの間、時が止まったままの建物、空間。そこで発掘調査を行えば、調査の精度はどうであれ、二度と元の状態に戻すことはできません。矛盾していますよね。遺跡は考古学的にも価値のあるものですが、それを研究するために破壊ないし状態を変えてしまわないといけないとは。だからこそ、最低限の発掘に留め、今は意味が無くとも将来の人たちが生かすことができるよう状態を可能な限り保つべきなのです。考古学者の当然の務めです……」

「なんだか、その務めを果たしていない人がいるように聞こえますね」

「ええ、残念ながら。理由は数多です。自分の欲を満たすために遺跡を必要以上に壊し、許可も取らずものをかっさらうという愚かな行為は、実は珍しくありません」

「それってfolarが何とかしてくれないのかしら」

「遺跡の管理はfolarの役割の一つではありますが、それは正式な登録のもと、彼らの管轄下に置かれて初めて成立するものとなります。発見されているにもかかわらず未登録の遺跡は世界中に存在しています。考古学者が研究成果をあげ、そこでようやく遺跡の価値が認められ登録準備に入るという流れになっています。そこに至るまでにだいぶ時間を要していると聞きましたけどね。考古学はまだまだ発展途上の学問でありますし、規模も広く、正直folarだけでは管理しきれていないのが現状です。folarが考古学者を増やすために大学を建てたのも納得です」


 寿美香の耳がぴくんと反応した。彼女は水奈の肩をすかさず抱き寄せる。


「えー、館長さん。ここにいる私の相棒は、なんとその大学に入学が決まっているのです!」

 寿美香が得意げになっているのはなぜだろうか。誰も疑問を抱かなかった。


「なんとなんと! 一体どういう経緯で決まったのですか?」

「あの、両親が考古学者でして、その影響というか、流れで、です」

「何を仰いますか! 将来有望じゃありませんか! 私が学者を目指していた頃は大学がまだ無かったですからね。本当に羨ましい限りです。それで、何を専門にやっていこうとお考えなんでしょう!」

「……得意分野はあるのですが、やりたいこととなると、その、まだ分かりません。大学に入ってから決めようかと思っています」

「そうですかー。あそこは考古学のありとあらゆる専門家が集まってますからね。ゆっくり決めていくといいでしょう」


 まるで館長が入学するかのようにわくわくしている。一方の水奈は、彼とは真逆の顔をしていた。


「しかも大学内にはあのTOPの研究機関も併設されているという噂なんです。いやー、私も入りたい!」

「TOPってなんですか?」

「ああ、そうですね。失礼しました。TOPとは、Take Over Powerの略称です。正式に公表はされていないのですが、遺跡から発見、発掘されるアーティファクトの中には稀に不思議な力が宿っているものが存在するらしいのです。人間がそれに触れたり、それを身に付けたりするとその者に特殊な能力が与えられるらしく、その能力のことをTOPと呼んでいます。folarのデータベース上にもTOPに関する情報は何一つ存在しません。私も実際に見たことは……ないんですけども、考古学者なら誰もが知っている噂話です。世間に存在を公表しないのは、悪用を防ぐためだという表の理由と、単にfolarが独占したいだけだという裏の理由もあるのだとか。他にも、ランキング上位者たちは皆TOPを持っているため、研究成果を上げることができ、上位に居座れるのだという妬み的な噂もあったりしますね」

「ふーん。……ちなみに水奈は知ってた?」

「TOPの話は聞いたことはあったけど……」

「とにかくですよ。水奈さんはあのfolar直轄の大学に行くんですから、その噂も真実かどうか確かめられるんじゃないでしょうか。楽しんできてください。そして、いつかまた考古学者になってこの町にも遊びに来てくれると嬉しいですね」


 館長の嬉しいお誘いに、水奈は乾いた笑いと共にただただ頷くだけだった。


 その後も寿美香は館長にいくつか質問をして博物館見学は無事に終了した。

 二人は館長にお礼を言い、博物館を後にした。


 館長との会話以降、どうにも水奈が暗いと思った寿美香は。心配になり声をかけた。

「えっ? あっ、ああ。えっと、さっき博物館ですれ違ったスーツの男の人のことだよ。あの人がスーツに付けていたバッジ、どこかで見たことあるなーと思って。思い出せなくって。考えてたの」

「バッジ? そんなもの付けていたかしら」

「怒ってたから気づかなかったのかもね」

「そ、そうね」


 あたしって新しい場所に行く度に誰かに怒ってる気がする……。


 それは、大人しい水奈が隣いるからこそ認識できたことだった。改めようと決心した寿美香であったが、それはおそらく無理な話だろう。


 肝心のブドウの在り方に関してヒントは得られなかったものの、とても勉強になったし、この町では数少ない親切な人にも巡り会えた。機嫌の良い寿美香としては、博物館を出てから何だか沈んでいる様子の水奈には早く元気になって欲しかった。


「あたしたちが探してるブドウって、もしかしてTOPなのかも、ってさっき思ったんだけど、水奈さんの見解はどうかしら?」

「分からない。……けれど、仮にTOPだとしたら厄介なことになるんじゃないかな。folarが既にブドウを管理下に置いてるかもしれないもの」

「そっか、folarが館長さんを含め町の住人に口止めしてる可能性も出てくるわよね。そうなると隠す理由が説明つくわ。なるほどね。もう、水奈さんってば、考古学興味ないーなんて言ってますけど、知識あるじゃないですかー」


 そんなことないと言わんばかりに水奈は首を横に振る。


 水奈を羨ましいとさえ言ってくれた館長の方がよっぽど博識であるだろうし、考古学とは密接に関わってきたはずなのに、一般常識に毛が生えた程度の知識しかない。学問への情熱も何もかもが負けていた。


 当然といえば当然なのだが、初めて湧き上がってくる複雑な感情に水奈はひどく落ち込んでいた。


 博物館での出会いは、水奈に無力感と虚無感を与えたようだった。

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