18.この町の歴史と秘密

 館長は、嬉々として語りを再開した。


「今までは村ごとで作っていたのですが、それを止めました。ブドウを栽培する者、ブドウを搾汁する者、ブドウを貯蔵・管理する者がそれぞれで集まり、ノウハウを分かち合い、共同で一本のワインを作ることにしたのです。八つの村が結集して出来上がったワインは『ビラージュイット』と名付けられました。『ビラージュイット』の評判が王室の耳に届くまでそう時間はかかりませんでした。当時の国王はこのワインをすぐに取り寄せると王室の者たちと一緒に味わいました。国王は言いました。このワインを旅人と我々だけの間で楽しむにはあまりに勿体のないことだ。国中に広めるべきである、と。こうして王室管轄のもと、村の人々は本格的にワイン造りに没頭することになっていきます。ワインを中心とした他の村や町との物流が増え、人の往来も激しくなってきました。村の中や周辺一帯の道が整備されていないため、馬車が通るのも一苦労です。村に存在する数少ない宿が常に満室状態になるなんて、誰が信じたことでしょう。今まで他との交流が無かったわけではありません。けれども、村の環境は、既にキャパシティをオーバーしていたのです。ですから、早急に、大きな宿を建設し、道を整備しなくてはなりませんでした。しかし、村単体でそんな資金などとても出せません。そこで、八つの村を合併させひとつの町とすることで、まとまった財源を確保することにしたのです。これはとてもすんなりと決まりました。なぜですって? それは、ここに至るまでの間、既に村同士の区切りなど無くなっていたからなのです」


 ふうーと満足そうなため息を吐くと、館長は一区切りつけましょうと二人にコーヒーを出してくれた。

 二人がようやくコーヒーに口を付けた途端、館長は興奮しながら話を再開した。どうやら彼は続きを話したくて話したくて仕方がないらしい。


「さて、村から町へと変わったことで三つの変化が起きました。一つめは、当然ながら土地の名称です。二人もご存知であるセント・エビリオンという名は、この時に名付けられたのです。そして二つめは、先ほど申したとおり、資本力と資金力の向上です。おかげで宿を新設しました。道も整備しました。そのおかげで、財源となるワインの出荷と流通も効率良く行うことができるようになったのです。そうなってくると、町の人々の懐が潤い、町の経済は一気に発展していくのです。そして最後の三つめ。八つあった村を地理的にも一つにまとめるため、壁を建設することにしたのです。新たに町を作るよりも、もともと村は隣接し合っていたので、それを利用するべきだとの声が上がりました。村すべてを囲む巨大な壁を建設することで、その内側をセント・エビリオンにしようと言うのです。村を潰し、まったく新しい町を作る方法もありました。ですが、多くの人たちはかつての村に愛着を残していたため、それは反対されたのです。かくして壁の建設が始まりました。もちろん町の人たちだけでは、完成させることは不可能です。近郊の町やそれに王室の協力により、有能な大工たちが集まってくれたおかげで予定よりも早くしかも立派なものが完成したのです。また、壁の建設中、村と村の間や村と壁の間にあった更地にも建物が建てられるようになり、壁が完成する頃には、その内側は隙間がないほどに人工物で埋め尽くされていました。国でのワインの評判も上々です。セント・エビリオンはとても勢いづいていました」


 館長はとても誇らしげに鼻息を鳴らし、冷めたコーヒーを飲み干す。

「しかし、しかしですよ。町が発展する最中、裏では大変な事態が起こっていたのです。実は、建物を建てようとした時に、です、ね…………」

館長の顔が突然青ざめ、何やら慌てた様子だ。

「と、とまあ、こうして今のセント・エビリオンが存在するわけなのです、あはははは」

「え~、なんで良いところで終えるの? 大変なことって何ですか?」

「いやーまー、あなた方にとっては大したことではないかなと思いまして、あはははは」

館長さんは何かを隠している。二人はそう確信した。

「そこからブドウの話に繋がるんでしょう? ねえそうなんでしょう?」

追求する寿美香。

「ち、違いますよ。先ほど申し上げたとおり、その件に関しては何も知りません」

「では、一つになった町が、なぜ大広間のミニチュアのように、また八つに仕切られるようになったんですか?」

水奈が切り口を変える。

「……あ、あは、あはははは」

館長は空笑いをした後、両手を上げ降参を体で表現した。


 許してくださいと頭を下げる館長。こうなってきてしまうと、二人にはどうしようもなく、顔を見合わせ、お互い納得した。


「館長さん。責めるような真似をしてごめんなさい」

「館長さん、あたしたちが悪かったわ。だからもう頭上げて」


 顔を上げてくれた彼の顔は、何だか疲れているように見えた。

「私だってね、これでも考古学者の端くれなんです。ですから、こうしてわざわざ博物館にお越しくださったあなた方には、私の知識やこの町の歴史を学んで帰ってほしいのです。ただ私も、かつてこの町を作った偉大な方々の子孫です。両方の立場にいるため、ブドウの件はとても複雑なのです。だから」

 水奈が館長の言葉を手で制した。

「館長さんのお気持ち、お察しします。これ以上は大丈夫ですよ。ねっ、寿美香」

「ええ、もちろん!」


 館長は両目に涙を浮かべながら、また一言二人へ謝罪した。彼の涙には嬉しさの他にも、別の感情が混ざっていたのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る