15.考古学者の世界
考古学は、過去に人間が遺した物、知恵、情報、能力などを発掘、発見、解読し、さらにそれらを現代においてどう役立たせるかを追求する学問である。
考古学を学ぶ者は、考古学者と呼ばれ、その人数は世界中で約六万人。学者になるにあたって、資格は特に必要なく自らが考古学者だと言えば今日からでもなれるのだ。が、それを仕事として成り立たせることができるかどうかはまた別の問題である。考古学の知識を身に付け、過去を掘り出し、研究結果を世に発表して、実績を積んでいく。そうした流れを一度経ることで初めて堂々と考古学者を名乗ることができるようになるのだ。
そして、そんな世界中の考古学者たちをまとめている組織がある。それが『The first organization of the latest archaeology research』、日本語で最先端考古学研究第一機関。通称、folar(フォラル)。
主な活動は、三つに分けられる。
一つは、考古学者たちが残した功績の保存と保全。彼らが見つけた遺跡や遺物などを監視しながら守るため、大量の維持費と人件費を費やしている。同時にそれらを一般の人々にも展覧している。その場所こそが博物館や美術館なのだ。すなわち、世界中の博物館、美術館の運営を行っているのがfolarなのである。
次に考古学に関する情報の管理があげられる。毎日世界中で膨大な量の考古学に関する情報が飛び交っているが、それらを記録として残し、考古学者や世間に提供できるよう整理する。その情報とは、遺物自体について、発見した場所、遺跡の場所、考古学者の名簿や研究成果、はたまた怪しいくだらない噂話までに及ぶ。独自のネットワークを駆使し、情報を日々まとめているのである。
また、folarは、世界中に支部を置いている。考古学者になる者がまず行うのは、発掘でも文献を漁るでもなく、その支部で考古学者の個人登録を行うことなのだ。そうすることで、folarの持つデータベースの名簿に載ることができ、また、先ほどの情報を閲覧できるのである。
最後は、教育活動である。考古学は発展途上の学問だ。世界中にはいまだ数多くの謎が残されており、さらには謎があといくつ発見されるのかも分からない。そんな現状の中、今の学者の人数ですべてを解き明かすのに一体何百年、何千年かかるのか。途方もないこの学問を誰かは恐れた。そこでfolarは、考古学者のレベルアップと学者人口の増加を期待し、二十四年前に考古学専門の大学を設立。それにより、今まであまり見られなかった考古学者同士の交流が生まれた。そして、それに呼応するかのように研究を始めてから成果をあげるまでのスパンの短縮、調査中の事故率低下など、学者たち全体の能力底上げが起きた。そうした評判が大学の受験希望者を生むこととなり、今では世界の大学の中でも入学難易度は一番高いのではと言われるようになった。
「その大学に水奈は入るのよね」
「無理矢理入れさせられたんだよ」
水奈は自慢げにすることもなく、むしろ面倒臭そうに言うのだ。
「……あんた、入学する気がないのによく受かったわね」
「あはは。自分でもびっくりです」
「水奈ってもしかしてすごい人?」
「普通だよ、普通のどこにでもいる学生」
「何か特別な能力でも持ってるんじゃないの? なんだっけ、そうだ、進行型心理学だ! 市長に会った時もそれに関係した能力を使おうとして失敗した、とか?」
水奈はポーカーフェイスを装い、次第に早くなっていく心臓の鼓動を必死に隠そうとした。
さすがジャーナリストを目指しているだけはある。鋭い。
寿美香は、困って黙っている水奈を真近でまじまじと見つめ、ほどなくして一人納得した。
「……ふふっ。そうね、いたってノーマル。つまらないくらい」
「そこまで言いますか」
「大丈夫。あたし並みに可愛いから。そういった意味ではレベル高いから」
「何ですかそれは」
日付が変わる頃。二人はまだ起きていた。会話は止まらない。
「さっきさ、テレビで考古学がニュースに取り上げられることもあるって言ってたじゃない。たまになんだけど、ランキングみたいなものも発表されるわよね」
寿美香は、ジャーナリスト魂に火がついたらしく、考古学者に関する知識を吸収しようと目を輝かせていた。
その彼女の気持ちに応えようと、水奈は先ほどから頑張って話をしているのだが、そろそろ眠けが襲ってきていた。
「そうそう、大事なこと言い忘れてた。そのランキングっていうのは考古学者自身のランキングでね。その人の最近の研究成果だとかその人の能力がどれだけこれからの考古学界に役立つのかも考慮されて上から順番に決められていくんだよ。あっ、もちろん決めるのはfolarね。二年に一回、ランキングが更新される。これはニュースにも載るんだよ」
「たしかそれをもとにして館長を決める、だったわよね?」
「うん。ランキング入りした学者たちは、博物館や美術館の館長になれるんだよ。ランキングの一位から順番に世界中すべての博物館、美術館の中から好きなところを選べて、二年間そこの館長を務めることができるって仕組み」
「面白そう! やっぱ有名なところは争奪戦って感じ?」
水奈の目がトロンとしてきた。
「ルーブル美術館や大英博物館とかは毎回すぐに埋まるね。有名だからもあるだろうけど、やっぱり貯蔵品数がものすごく多いから自分の研究の資料としても役立つからね。あとは、有名な方が館長としての給与も高いしね。やっぱり学者として研究資金はたくさんあったほうが活動しやすいじゃない? 良いことづくめなんだよ」
「いいわねいいわね! 上位者たちが競って館長の座を取ろうとしてるんだ。なんだか燃えるじゃない」
「でもね、中には自分の研究と密接に関係があるからってことでほとんど知られていないようなちっちゃーい博物館を選ぶ上位者もいたりするんだよ」
「へー、名声やお金よりも研究なのね。って、学者だし当たり前か」
「それがね、違うんだ。寿美香の今言った名声やお金のためにランキング上位を目指している人もいるってお父さん言ってた。そういう人たちにとっては、考古学研究はただの道具や手段になっているって。悲しんでたよ」
「うーん、難しい問題ね。そういう輩がランキングに入っていることも事実で、しかも実際に功績を残しているわけなんでしょう? それなら理由はどうあれ文句は言えないわよ」
「そう、だから尚更悔しいんだろうね、研究のために頑張っている人たちにとっては。……ふぁ~あ」
「水奈のお父さんが嘆くのも分かるわ。今のシステムじゃどうにもならないわけだしね。いっそのことランキングを投票制にしてしまうとか。あっ、だめだ、組織票とかワイロがはびこってむしろ状況は悪くなるかも。……それか、ランキング入りした人は次回のランキングでは対象外にしちゃうとか。うーん、それで研究のモチベーション下がったらどうしようもないしなー。深い問題。いつかあたしがジャーナリストとしてこの事を記事にしたいわね。その時は水奈に取材させてもらおうっと。ねっ、水奈、いいでしょ?」
気づくと、水奈の目は閉じられていた。心地の良い寝息もかすかに聞こえる。まるで自分の部屋のベッドで寝ているかのような無防備な寝顔だった。フランスの田舎に置き去りにされてしまったことなどすっかり忘れているかのように。それはそれは安らかな表情をしていた。
そんな顔を眺めていたら寿美香にも眠けが襲ってきた。どうやら彼女が思っているよりも自身の身体は相当に疲れているみたいだった。
「おやすみ。今日はありがとっ」
そう言って寿美香はライトを消した。
二人は一緒のベッドで眠りへとついた。
二人の一日目がようやく終わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます