14.素敵な旅行者
この町に旅行者など、ほとんどいない。つまり、このホテルに宿泊している人なんて、あたしくらいのものだろうと寿美香はこの数日間、常々思っていた。
「めずらしっ」
だからだろう。ロビーに人が居るのを見て、思わず声をあげてしまったのは。
その青年は、読んでいた英字新聞をテーブルに置くと、水奈たちの方に振り返った。
「やあ、君たちも旅行者かい?」
水奈よりも少し年上くらいであろうか。背が高く、すらっとしていて、けれども筋肉もしなやかに付いている。オールバックの金髪に、青い瞳、何ともまあ爽やかなことだった。
「ええ、そうです。数日前から来ていて」
「そうなんだ。僕は今日来たばかりさ。それにしても、この町の人たち、何だか冷たくないかい?」
二人は顔を見合わせると、気まずそうにした。
「もしかしたら、それ、私たちのせいかもしれません」
「へー、それはなぜだい?」
「寿美香、あまり人に言わない方が良いかもよ」
水奈が日本語で苦言を呈した。
「なぜ? あたしの直感ではこの人、良い人よ」
「ブドウの話はトラブルのもとじゃない。それにこの人も目的が一緒だとライバル関係になるよ」
「あたしの直感が言うのよ。この人は近々、水奈を二回救ってくれる人だって。仲良くしておくべきよ」
「なにそれ」
「さあー?」
両手を広げてとぼける寿美香にぐっと堪えられながら水奈は決意した。
「私が聞くから!」
「あの、失礼ですが、その前にまずはお名前と訪問理由を」
「ぷっ、なーにそれー!」
「寿美香は黙ってて!」
「あははっ。君たち面白いね。自己紹介すれば良いのかな」
青年は立ち上がると、二人に握手を求めながら話してくれた。
「僕は、ジョセフ・ゴールド。アメリカ人だよ。ある人に頼み事があってこの町にやって来たんだ。今日なんとか約束を取り付けてね。明日会えることになったんだよ」
その言葉を聞き、水奈はほっと胸を撫で下ろした。
「失礼しました。私は火向井水奈。日本人です」
「そして、あたしが礼儀寿美香。同じく日本人です! というわけで、もういいわよね?」
水奈は寿美香にゆっくりと頭を下げた。
「お待たせしました」
「というわけで、なぜ、この町の人たちが冷たいのか説明する前に、まずはあたしたちの目的なんですけど……」
ジョセフには、不思議なブドウを探していることや怪しいアロハシャツの男に出くわしたこと、そして二人の出会いについて語った。市役所の件については、褒められたものではないので、とりあえず伏せておくことにした。
「どおりで警戒心が強いわけだ」
「といった感じなんです。……あの、笑わないんですね」
「だってその話、この町の伝説みたいなものだろ。なら、むしろワクワクする話じゃないか」
青年は、白い歯を見せながら爽やかに微笑み、そして続ける。
「国や土地、町や村、そこ独自の文化、風習を学ぶことは良いことさ。世界が広がっていくんだ。多くの価値観を学べる。自分はちっぽけだなって実感するし、そしてそんな自分に、一体何ができるのかが少しずつ分かってくるのさ」
彼の短くもシンプルな言葉には、説得力のようなものがあり、二人はただただ感心するばかり。
「だからさ、それが伝説だって良いんだよ。噂話なんかもね。実際に現地に赴いて調査をする。フィールドワークだよね。それを君たちは今まさにやってるんだよ。立派だと僕は思うな」
「あたし、ジャーナリストになりたいんです。だから、だから」
「なるほどね。その行動力があれば、きっと大丈夫だと僕は思うよ」
そう言って、ジョセフは親指を立ててくれた。
「良かったね、寿美香」
「ええ!」
「ところでジョセフさんは、明日約束の人に会ったら、この町を出るんですか?」
「そうなるだろうね。頼み事が無事に出来れば、すぐにイギリスに飛ぶつもりだよ」
「そうですか。それじゃあ、もう会えないんですね」
「ジョセフさんにも手伝って欲しいのにー」
「あははっ。君たちの力でやり遂げる。それが一番面白いはずだよ。大変だろうけど、応援してるからね」
「ありがとうございます! 心強いです!」
「またどこかでお会いしましょう」
「ああ、またね。会えて嬉しかったよ」
ジョセフは、力強く握手をすると、エレベーターに乗る二人を笑顔で見送った。
「僕も頑張ろう」
誰に向けるわけでもなく、そう呟くと、彼も自室へと戻って行った。
部屋に入るやいなや寿美香はベッドに倒れこむ。本日の彼女の頑張りを知っている水奈は、何も突っ込まない。一応自分が取っている部屋ではないから遠慮がちに入室し、そしてそっとソファに座った。本来であればまず始めにテレビの電源をつけるのだが、フランスの番組を見ても言葉が分からないので見る気がしなかった。疲れているから今日はこれ以上フランス語を聞きたくないという気持ちも強かった。
「水奈、一緒にお風呂入りましょ」
寝てしまったかと思われた寿美香が突然提案の言葉を発した。
「え! 寿美香お先にどうぞ」
しかし、水奈は遠慮する。
「いいじゃない、女の子同士なんだし。もしかして友達と一緒には抵抗があるタイプ?」
「そういうのに抵抗はないんだけど。ただ、今回はちょっと……」
水奈が申し訳なさそうな表情を浮かべている。
「分かったわ。日本に帰ったら一緒に入りましょ! 約束よ? それなら水奈が先にお風呂入ってどうぞ」
二人は交代でお風呂に入り、遅い夕食をあっという間に済ませた。体はだるく重いが、不思議と眠たくはない。
ダブルベッドの上では自然と会話が始まった。
「水奈のご両親も考古学者を?」
「うん。お母さんも未だに現役」
「へー、もしかして有名だったり?」
「どうだろう。二人とも若い頃から考古学者だったみたいだけど。外国人のお客様とかが両親を訪ねてよく来たりするから、無名ではないのかもね」
「あははっ、普通外国人のお客さんなんて来ない来ない。水奈の家が一般家庭とは言えないことがよく分かった。それにしても考古学って一般人からはかけ離れた遠い世界よね」
「考古学に関する出来事が世間に知られるとしたら、それはテレビのニュースとか新聞の記事だと思う。誰々が何々を発見しましたっていう情報が流れるくらいだよね」
「そうそう、一般人はそれを知ってもふーんくらいしか思わないもの。ただ、あたしは世の中の事を広く知らないといけないから、もちろん無視はできないわ。でもね、考古学はまだ勉強不足でさ。よかったらまずは広く浅ーくあたしに教えてくれない?」
「私もまだ詳しいところまでは知らないけど、それでもよければ。少し長くなるよ?」
「なーに言ってんの。あたしたちに今足りてるのは時間くらいでしょ。お願い」
そうだったねと頷き、水奈は考古学について語り始めた。
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