02.水さえ・・・

 ほどなくして町に着いた。


 今までの緑豊かな風景とは打って変わって、水奈の目の前にはベージュ色に染まった光景が広がっていた。ブドウ畑に囲まれたこの町には、たくさんの家々がひしめき合っている。先ほど感じたベージュ色は、どうやら家の壁の色のようだった。どの家も同じ色でしかも同じ石造りとなっているおかげか、やっぱり美しい統一感がそこにはあった。


 起伏の富んだ丘があるため、町には高低差が生まれ、坂道が非常に多い。そして、町の中心に位置する高台には一際大きな教会が建てられており、それは町のシンボル的な存在となっていた。


 町の様子を見れば見るほど、ここは日本ではないのだな、と水奈はあらためて実感することとなった。

 あては特にないけれど、とりあえず町中に敷かれた石畳の道を水奈は歩き始めた。


 旅先で重要なことは何か。それは飲料水の確保だ。そう親に教え込まれていた水奈は、辺りをきょろきょろと見回し、売店らしき小さなお店があるのを見つけ勇気を出し恐る恐る入ってみる。


 店内には、日本では見られないカラフルな包装紙に包まれたお菓子や缶ジュースが所狭しに陳列されていた。物珍しさにジュースの一本でもと買いたい衝動に駆られたが、やめた。あとでいくらでも買えるのだ。それよりもまずは水が先決だった。しかし、肝心の水が陳列棚を探しても見当たらない。置いてないわけはないだろうと、とりあえず一人で暇そうに店番をしていた胸も体も大柄なおばさんに声をかけてみることにした。


「ハロー、エクスキューズミー。ウォーター、プリーズ」

「ンー?」

「あれ? ウォーター、ウォーター、プリーズ」


「パルドン?」

おばさんが顔を少し傾けながら、困ったような表情をしてしまった。


「パルドンて何? えっ、まさか英語が通じないとか。冗談やめて」

と若干焦りながらも、おばさんの背後に置かれた冷蔵庫の中で、キンキンに冷えてそうなミネラルウォーターを発見した。水奈はそれをすかさず指さした。必死になって。


「ディス、ディス、プリーズ」


 すると彼女は後ろを振り返り、あっそういうこと、みたいな大げさなリアクションをした後、ミネラルウォーターを一本取り出してくれた。


「やった、通じた。で、いくらだろう。ハウマッチ?」

「アンユーロ」

そう言ってニカッと笑いながら大きな手を差し出してくるおばさん。


 アンってアン・ドゥ・トロワのアンと同じ意味なのかな。だとしたら、一ユーロってことだよね。水だしそんなものでしょ。


「で、ユーロ?」


 とりあえずリュックから財布を取り出し、お札を数枚眺めてみた。

 固まる水奈。もう一度財布の中身を確かめる。今度は丁寧に確認をする。


「…………」


 ゆっくりと顔を上げ、そしておばさんに財布の中身を見せる。

「あの、私、円しか持ってません。困ったな。でも見てください、ほらほら、円、いっぱい。……オーケー?」

 おばさんは苦笑いしながら首をふるふる横に振る。


「うっうっ、ソーリー!」


 謝罪の言葉を告げると、水奈はミネラルウォーターに背を向け、そこから逃げ出すように走り去って行った。

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