第1章 出会ってしまった

01.甘いブドウ

 水奈はブドウ農家らしき外国人のおじいさんと会話を試みてみたはものの、お互いの言葉はまったく通じず、言語でのコミュニケーションが成り立たなかった。


 しかし、水奈の困った顔を見て不憫に思ったのか、はたまた歓迎のあらわしなのかおじいさんは荷車に積んでいたブドウを両手いっぱいに掴み取ると、それをそのまま水奈にどっさりと渡したのだ。

 急に手渡されたため、水奈の細い腕から何房かこぼれ落ちてしまった。ブドウは地面に落ちるとまるで花火のように四方八方へと粒に別れ転がっていく。

 すぐに身を屈めそれらを一粒ずつ丁寧に拾っていく水奈だったが、その顔は今にも泣き出してしまいそうだった。ブドウが落ちたからではない。おじいさんの優しさに触れ感動したからだった。


 見ず知らずの土地で心細いのもあったのかもしれない。涙が勝手に溢れてきて止まらなかった。


 水奈が泣き止むまでおじいさんはそばに居てくれた。


 そして、おそらく朝ごはんを誘ってくれたのであろうか、手招きをして付いておいでと言っているのが何となく水奈には理解できた。しかし、親切にされるとまた泣いてしまう自信があった。水奈はこれ以上迷惑をかけられないと首を横に振り、おじいさんに断りを入れ、

「ありがとう」

と日本語でお礼を言った。


 するとおじいさんは、水奈の笑顔から放たれた言葉を聞いて、ゆっくりニコッと微笑んだのだった。


 その後、農家のおじいさんと別れた水奈は、先ほど遠くに見えた町へと向かってみることにした。ここにいては何も始まらない。


 直線はほぼ無く、必要以上に蛇行した道が町まで続いていた。慌てずに景色をゆっくりと楽しんでほしい、遠回りすることは美徳なのだ、そんな意図が見え隠れしているのではないかと思えてしまうほどに曲がりくねっている。そんな道を水奈は一人歩いていく。


 道中、水奈はおじいさんから貰ったブドウを一粒一粒大事に食べた。


 おじいさんの大きな優しさを少しずつ噛みしめるかのように味わっていく。まだブドウは若干の青みを帯びていたが、不思議なことに酸っぱくは感じなかった。


 その理由は、水奈本人が一番よく分かっていた。

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